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窪田幸子さん

大都市東京の養鶏場

JR西荻窪駅から歩いて10分ほど、松庵稲荷のほど近くにある直売所。そこに「杉並産」の卵がある。
その卵を育てているのが「グリーングラス窪田農場」の窪田幸子さん。鶏舎は直売所と同じ敷地内にあるので、まさに産地直送だ。近くの畑で父・信行さんたちが作る野菜や果物と一緒に、健康でおいしい卵を販売している。
卵も野菜も、自家製の堆肥や飼料を使って無農薬で育てられる。春にはふきや筍、夏にはブルーベリーをはじめトマトにナスにキュウリ、秋には里芋やネギ、冬には大根やカブ、一才柚子が並ぶ。1月下旬と8月下旬からの約1カ月間は若鶏卵の季節だ。直売所は旬であふれている。

窪田幸子さん

窪田幸子さん

365日休みなし

幸子さんの1日は夜明け後の給餌から始まる。鶏たちに変化がないかを観察しつつ集卵し、卵磨き。10時の開店にあわせて出荷する。日没前に給餌器の残りを回収し、卵が残っていれば集卵。毎日の天気予報に注意し、鶏舎の土が濡れて病気の発生につながらないよう管理する。鶏が心地よく過ごせる環境を目指して、毎日の観察を大切にしているのだ。
「鶏舎の板切れ一枚拾ってくるのが養鶏の基本」と学んだ幸子さんが、20年以上養鶏を続けて出てきた答えは、「健康でおいしい卵をつくるためには、日々を地道に積み重ねることが一番大事」だということだ。

東京烏骨鶏

東京烏骨鶏

負けず嫌いは先祖伝来

そんな幸子さんだが、はじめから農業を継ぐことに前向きだったわけではない。窪田家は、万治年間(1658‐1660)に松庵村ができて以来続く農家。長女として生まれたからには継がなければならないという無言のプレッシャーを感じつつも、好きだった絵の道を選んで大学では油絵を学んだ。いよいよ卒業し、家族から感じる「そろそろ……」の期待。もちろん葛藤もあったが、「負けず嫌いはすごく強い」という幸子さん。やるならとことんやろうと、農業を始めることを決めた。
そこで出会ったのが、父・信行さんが趣味で行っていた養鶏だ。「自然の恵みを大切にした農業」を目指す信行さんにとって、養鶏は堆肥つまり鶏糞を生み出すもの。そして幸子さんは信行さんの作った無農薬野菜を鶏たちの餌にする。幸子さんいわく「父と私の暗黙のサイクル」がここに生まれた。
「全部最初から最後まで自分で面倒をみないと納得しないのが百姓の良い面でもあり悪い面でもある。」と笑う幸子さん。鶏たちにもワクチンや抗生物質は極力使わず(※)、鶏舎は手作りという熱心さ。しかし、「夜中に人のうちの畑の土をなめて研究していた」という高祖父・銀次郎さんにはまだまだ敵わない。この銀次郎さんは、旧井荻村の村長の内田秀五郎さんの叔父にあたり、明治維新を挟んで窪田家の現在の基礎を作った人物である。負けず嫌いと研究熱心さは先祖伝来のようだ。

※孵化1カ月以内のヒナに与える飼料にのみ抗生物質が含まれる。

▼関連情報
すぎなみ学倶楽部 歴史>井荻村・内田秀五郎村長の「ひねたくあん」

窪田さん手作りの鶏舎。こちらにいるのは赤玉鶏「後藤もみじ」

窪田さん手作りの鶏舎。こちらにいるのは赤玉鶏「後藤もみじ」

卵は東京烏骨鶏卵と赤玉の2種

卵は東京烏骨鶏卵と赤玉の2種

窪田家流、自然循環型農業

「農業って、昔の人はお金をかけちゃいけないっていうのがあったんです。餌を買ったり資材を買ったり機械を買ったり、そういうことは極力避けないとそもそも収入が出ない。いまも本来そうだと思うんです」。収益を出すための大規模経営や、進歩する技術を否定するわけではない。ただ、幸子さんたちのような農法を求める消費者の声が少なくないのも事実だ。「ニッチなところでやっているとは思うけど、『それがいい』と思っているお客さんに対して商売してるから、いま都市で生き残っていけてる。」客との隣り合わせの距離感は、都市型農業の強みだ。
信行さんがこだわって始めた「自然の恵みを大切にした農業」は、自然循環型農業と呼ばれることもある。窪田家の畑では、カエルも昆虫も野鳥も大切な同居人。そうした自然に近い環境のなか、無農薬で育てられた野菜を餌に、鶏たちは本能を大切に育てられる。電照などで産卵をコントロールすることはしない。鶏糞は、庭の剪定枝や落ち葉でできた腐葉土と混ぜて堆肥になり、その堆肥は野菜づくりに利用される。もちろん、庭にも一切消毒や除草剤は散布していない。そうして醸成された土には、いい微生物も悪い微生物も、バランスを保って存在する。2011(平成23)年の東日本大震災後から3年ほどは堆肥をつくることが制限されていたが、しばらくして再開すると、思ったより早く良質な堆肥ができた。それだけ自然なバランスが維持されていたということだ。
「人間も自然の一部であり、自然の恵みを受けた安全で味わい深い本来の味の食べ物を食べることが、喜びと健康と和食文化の基」という考えのもと、窪田家の農業は自然に寄り添って循環している。

果物づくりは義弟の担当。夏のブルーベリーは売り切れ必至

果物づくりは義弟の担当。夏のブルーベリーは売り切れ必至

ネギは九条と下仁田の2種類

ネギは九条と下仁田の2種類

ケガの功名?対面販売から広がるつながり

もともとは無人販売で行っていた直売所が対面販売を始めたのは2013(平成25)年の秋だ。母を中心として、客と直接触れ合って販売することで、「ブルーベリーが出たら電話して」など日々の会話が生まれる。このコミュニケーションこそ対面販売にした狙いかと思いきや、きっかけは悲しいことに無銭での持ち帰り……。「お客さんを疑ってしまうくらいなら、いっそ」と決めたのは母・清江さんだった。結果的には、客もより買いやすくなり、雰囲気もさらによくなった。
「いまはどこに行って誰と話したらいいのか分からないみたいな壁ができやすい。信頼できる人と壁がないお話ができる場になっていれば嬉しいです。西荻にはそんなお店が多くあって、私もやはりそういうお店を選びますし。」特定少数かもしれないが、「どうしてもここで買いたい」というお得意様も増えたという。

めぐりめぐってつながる農業と芸術
養鶏を始めて20年以上。幸子さんの活動はますます広がってきている。敷地内にある蔵を使ったギャラリー「蒼」は、農業と両立して、学んだ美術の世界で己を試してみたいと始めたものだ。企画展を中心とし、竹工芸の近藤昭作氏などを紹介している。
「『心の在り方の哲学』として、芸術は内面で、文化は集合体の中で育まれる人間としての根源に関わるものと考え、共有し語り合う場をつくりたいと考えています。」葛藤を抱えながら始めた農業だが、いまでは芸術も農業も同じく「畑を耕すようなものだと感じる」と言う。
「農業は絶対に満足はないし、これが正解っていうものもない。自分なりにこうしたいっていうものに向かってやっていくけど、きっと完成はしないでしょう。だから、その途中を楽しんでいくみたいな感じなんだろうな。毎日がそれだけです。」
ここ5、6年、さらに欲が出てきたという幸子さんの研究熱心さには拍車がかかり、郷土料理「武蔵野うどん」についての講演を行ったり、ギャラリー展示のために照明士の資格をとったり。きっと土をなめる日も近いのではないだろうか。

窪田幸子 プロフィール
グリーングラス窪田農場 養鶏家
ギャラリー「蒼」オーナー、地域のカルチャー教室「松庵舎」代表
日本大学芸術学部美術学科卒業、3年後Uターン就農。海外短期農業研修、東京都の「フレッシュ&Uターンセミナー」にて養鶏を学ぶ。自家製の小麦粉・卵などを生かそうと、島津睦子ケーキングスクール師範科終了。奈良の宮大工さんとの出会いをきっかけに蔵を改装。現在、農業と並行してギャラリーと松庵舎を拠点に芸術文化啓蒙支援活動を行う。照明士(照明学会認定)

五日市街道沿いの直売所で、今日も客との会話が生まれる

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畑のすぐ裏にある松庵小学校とは、農業体験授業でつながりを

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ギャラリーとして使われる蔵は高祖父・銀次郎さんが建てたもの

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DATA

  • 住所:杉並区松庵2-18-26(直売所)
  • 最寄駅: 西荻窪(JR中央線/総武線) 
  • 営業時間:11:00-12:00 / 14:00-16:00
  • 休業:12月31日-1月3日
  • 取材:廣畑七絵
  • 撮影:廣畑七絵
  • 掲載日:2015年04月13日
  • 情報更新日:2020年05月25日