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虚構の神々

著:赤瀬川原平(青林堂)

超科学紙芝居と銘打った、赤瀬川原平さんの劇画集。
「夜の十二時に善福寺公園のヒョウタン池の真ん中で待っていて下さい」。空飛ぶ円盤の宇宙人からはがきを受け取った主人公は、半信半疑ながら、深夜、指定場所に向けてボートをこぎ出すが、空飛ぶ円盤は現れない。対面場所が変更され、善福寺川が始まる付近の水のない川底に下りると、ようやく空飛ぶ円盤が舞い降りてくる。宇宙人と会ったことを契機に、主人公は日々の暮らしのなかで「動力」「零(※1)」「フィクション・ホール(※2)」「霊魂」「鏡」などのテーマについて、科学的、哲学的イメージを展開させていく。
本作品を完成させた1977(昭和52)年当時、赤瀬川さんは東京都練馬区立野町に住んでいた。上京以来、長年住み慣れた杉並を離れたとはいえ、善福寺公園のすぐ近くだった。パロディー画でセンセーションを巻き起こし、美術学校で講義をもち、文筆活動も始めて、イラストレーションと文章を組み合わせた作品を数多く発表していた時期だ。本書の表紙は、1960年代、前衛芸術に没頭していた時期の赤瀬川さんのコラージュ作品(「あいまいな海」)で、硬派な赤瀬川流。本文の劇画は、テーマは硬派ながらもほのぼのとしたユーモアあふれる軟派な赤瀬川流。善福寺池と善福寺川を舞台とした、子供も楽しめる、大人の紙芝居だ。
おすすめポイント
空飛ぶ円盤への赤瀬川さんのこだわりは、阿佐ヶ谷(現・阿佐谷南)の木造アパート近く、阿佐ケ谷駅方向の十字路の上空で円盤を目撃した経験を発端とするものだった。1963(昭和38)年、千円札事件(※3)の引き金になるオブジェ作品を展覧会に出典した年の出来事で、赤瀬川さんの脳裏に深く刻まれる経験となった。空飛ぶ円盤、宇宙人、宇宙=「この空間をくるむ何らかの被膜の向こう側にあるはずのもの」への直感は、生涯にわたる多彩な芸術活動のなかで、一貫したテーマとなる(※4)。善福寺公園で、赤瀬川さんの、空飛ぶ円盤が現れるというインスピレーションを再体験してみてはいかがだろう。

※本書は現在、絶版となっている。国立国会図書館に蔵書あり

※1 零:「零(ぜロ)の原点とは、結論から先にいうと、活動する生きもの、つまり回転する物体の円運動の中心に出来る面積のない穴のこと」(本書より)

※2 フィクションホール:「事実の進化の過程で、超高密度になった事実の内部の現実性が不安定になり、現実構造が崩壊しゼロ体積にまで凝縮したもの」(本書より)

※3 千円札を精密に模写、印刷してオブジェ作品の素材とした行為が通貨模造の罪に問われた

※4 1964(昭和39)年には、オブジェ作品「宇宙の灌詰」、パフォーマンスアート「特報!通信衛星は何者に使われているか!」を発表。さらに、阿佐谷で空飛ぶ円盤を目撃した経験と、千円札作品をめぐる経験は、赤瀬川さんの小説家としてのデビュー作「レンズの下の聖徳太子」(1978(昭和53)年発表)に反映されている

DATA

  • 取材:井上直
  • 撮影:井上直
  • 掲載日:2017年11月06日

『虚構の神々』で、主人公が宇宙人と対面した善福寺川が始まる付近

『虚構の神々』で、主人公が宇宙人と対面した善福寺川が始まる付近