サンキュータツオさん

日本語学者として教壇に立ち、芸人として舞台に立つ

早稲田大学で日本語学の研究をしながら、在学中に漫才コンビ「米粒写経」を結成し、他に類をみない学者芸人という地位を確立したサンキュータツオさん。ラジオや雑誌などさまざまなメディアで活躍する一方、非常勤講師を務めている一橋大学や早稲田大学などでは芸人だと学生に知られていないこともあるという。
生まれ育ち現在も暮らす、杉並の町の移り変わりについて、研究者らしい視点で語ってくれた。

杉並生まれの学者芸人、サンキュータツオさん(写真提供:ワタナベエンターテインメント)

杉並生まれの学者芸人、サンキュータツオさん(写真提供:ワタナベエンターテインメント)

手品自体よりも、その種明かしの方が面白い

言語表現との出合い
僕の研究は大きなくくりでいうと日本語学で、専門にしているのは文体論と表現論というものです。僕自身は文学の研究をしようと思っていたのですが、高校生の時に中村明先生の『名文』という本に出合い、先生のいる早稲田大学に入ったのがきっかけで、自分が興味あるのは文学ではなく言語表現なのだということがわかりました。

お笑いを文体論的に研究
お笑いのネタを見て大笑いするようなことはなかったけれど、子供の頃から「なんでこうなってるんだろう」と、見ながらずっと考えていました。笑いのツボは人それぞれといわれますが、それでもプロのネタには大勢が一度に笑う箇所がちゃんとあって、それまでにわりと手の込んだテクニックがいっぱい使われているわけです。その仕組みの方が僕は興味があった。
表現論というのは全般的に、TPOに合わせてどの表現をとるのが最も効果的かということですが、僕は発信する側(芸人)としては特に意識していないですね。説明できるものにはもう興味がないので。文学作品もお笑いも、僕にとってはマジックみたいなものと同じです。一番最初に信じられないようなことが起こっていて、それがどういう技術で実現されているのか、手品自体よりもその種明かしの方が面白い。仕掛けをわかった上で味わうと、よりすごいなと思えるところが魅力ですね。

高校時代に出合った本、中村明著『名文』

高校時代に出合った本、中村明著『名文』

2020(令和2)年11月に、区民ライター向けの日本語講座で講師を務めた

2020(令和2)年11月に、区民ライター向けの日本語講座で講師を務めた

『これやこの サンキュータツオ随筆集』サンキュータツオ<br>KADOKAWA<br>2020(令和2)年、初めての随筆集を出版。幼少時から現代までの「別れ」をテーマに綴(つづ)っている

『これやこの サンキュータツオ随筆集』サンキュータツオ
KADOKAWA
2020(令和2)年、初めての随筆集を出版。幼少時から現代までの「別れ」をテーマに綴(つづ)っている

荻窪は「いい感じの盛り上がりに欠ける感じ」で、僕は好き

僕が子供の頃は、中野、荻窪、吉祥寺ってほぼ同列のように感じましたが、いろいろな地方から入って来た人によって、中野や吉祥寺はちょっともう原型をとどめない町になってる。荻窪は駅が大きくならない代わりに栄えすぎていなくて落ち着きがある。杉並公会堂が建て替わってから頑張ってはいるんだけど、人混みで歩けないというほどの盛り上がりが無いのがいいんですよ。それくらいでいい。昔からいる人達だけで守り抜いた静けさみたいなのがあるので、そこは享受したいな、というふうに思っていますね。
地元の人がずっといて、駅前に謎の変なビルがあって、再開発の波に飲まれていない。荻窪タウンセブンなんてよく分からないですよね、なぜこの店があるのか、とか本当にわからない。でも、とんねるずが営業に来たりしていたんですよ。百貨店までとはいかないけれど、なんて言うんだろう、「ちょいテンションが上がる建物」でしたよね。こんな建物は他にない、というのはわりと大学生くらいになってから気付きました。

サンキュータツオさんが「いまだ謎に包まれている」という荻窪タウンセブン

サンキュータツオさんが「いまだ謎に包まれている」という荻窪タウンセブン

二十歳になるまで渋谷に行ったことなかった

もしかしたら中央線沿線で一番サブカル都市だったかもしれない
荻窪は本屋も古本屋も多かったし、ラオックスも新星堂もオデヲン座もあって、もう荻窪で満ち足りてたので、二十歳になるまで渋谷に行ったことなかった。教会通りにあった古本屋で僕は「内田百閒」(※)と出合ったんです。一冊1,000円から1,500円くらいの、中央公論社文庫版の古本を見つけて。それを中学生の時に買って読んでみたらすごく面白くて、それからこの作家の研究をしたいなって、ぼんやり思うようになりました。表現と笑いというのは、ずっとそこからつながってると思います。でも、今はそういう店は全部なくなってしまいましたからね。そういう意味では、文化は少しずつ死に絶えているな、という感じはちょっとします。
荻窪が好きなのは、目立ち過ぎていないところとか、落ち着いたところなんです。で、自分自身もそういうところがあるのかな、と思うことはあります。間違っても新宿駅みたいにはなりたくないとか、中野はちょっと信じられないくらいキャラ変して自分を見失っているように思うのですが、荻窪は昔からずっとそれなり。タレントでいうと、そんなに売れてないけど、まあ一応生きていけるくらいの、過疎化まではしていないのが良いところかな。ただ中央特快は止まってほしい…。

浜田山と成宗の思い出
父親の勤めていた銀行の保養所みたいなところがあったので、浜田山によく連れて行かれました。そこの釣り堀で釣りを覚えて、「浜田山いいところだなぁ」と思った記憶。あと、成宗といわれていた今の成田西の辺りに、祖母が土地を持っていたので、よく焼き芋を焼きに行ったりもしました。杉並は、のどかで良いところでしたね。

小さい頃から慣れ親しんでいた荻窪教会通り商店街

小さい頃から慣れ親しんでいた荻窪教会通り商店街

浜田山は父親との思い出の場所

浜田山は父親との思い出の場所

日本語のこれから、杉並のこれから

言葉は時代や社会を映す鏡なので、社会が変われば新しい言葉ができるもの。例えばこの30年は社会背景が激動しているので、より大きな変化があったと思うのです。表現というのは時代やメディアによってだいぶ変わるので「この言葉はこう使わないといけない」とは全然思っていないし、僕はこの時代に生まれて、いろいろな表現に出会えているということが面白い。変化を観察するのが学者の役割なので。
杉並は本当に住みやすいエリア。だから今以上に栄える必要もない。だけど、今よりは落ちない努力はしないといけないよね、というようには思っています。できればこのまま年を取って、この地で死ねて幸せだという場所になってくれるといいなと思います。

取材を終えて
どんな事態もまずは受け止めて「なぜか」というところまで丁寧に考察していくサンキュータツオさんの姿に、真の研究者を感じた。いつもラジオで耳にしている声を生で聞ける、それだけで私は胸いっぱいのひとときであった。

サンキュータツオ プロフィール
1976(昭和51)年生まれ、東京都出身。漫才コンビ「米粒写経」。一橋大学・成城大学・早稲田大学非常勤講師。新聞連載、ラジオ出演などレギュラー多数。珍論文コレクター、国語辞典収集、傘コレクター、仏像マニア、タイル写真家、麻雀、仏像鑑賞、落語観賞、アニメ鑑賞など、多趣味。著書に『ヘンな論文』『もっとヘンな論文』『学校では教えてくれない! 国語辞典の遊び方』など。

※内田百閒(うちだ ひゃっけん):岡山県出身の小説家、随筆家。夏目漱石の門下生の一人

「言葉も、お笑いも、街も、観察すれば変化が面白い」と語るサンキュータツオさん

「言葉も、お笑いも、街も、観察すれば変化が面白い」と語るサンキュータツオさん

DATA

  • 取材:宮本早苗
  • 撮影:宮本早苗、TFF
    写真提供:ワタナベエンターテインメント
    取材日:2020年11月25日
  • 掲載日:2021年02月01日