「おーい、そこの人間、そうお前さんのことだ…、」
「何でしょうか?」
「この地に鳥に運ばれ300年、わしもいよいよ伐り倒されることになったらしい。まあ、それはお前さんたち人間の都合だから仕方がないことなのだが、伐られる前にひとこと言っておきたいことがある。聞いてくれるかえ…、」
「聞かせてください」
「うむ…、ついこの前まで、わし等の作り出す日陰や材木、落ち葉をありがたがっていたお前さんたち人間がどうして、たかだかこの70年の間に心変わりをして、わし等の仲間を次々と伐り倒していくのだ。この辺も昔はたくさんの仲間が居て、うっそうとしたものじゃったよ…、」
「・・・」
「そう、100年位前に大きな地震があって、ここら辺にも急にお前さんたちの住む家が建ちはじめたが、それでもわし等とは仲良くやってきた。そして70年位前には大きな鉄の鳥の大群が来て、お前さんたちの家々を焼こうとしたときも火を防いだりして、お前さんたちとうまくやってきたつもりだ。それがどうだ、56年前位にオリンピックとかいう大運動会があったころから様子がおかしくなった…、」
「はい…、」
「それ以前は少なかった車とか言うものが急に増えてきて、それが通りやすいように、まず道が広げられて、わしの仲間たちがどんどん伐られていったのだ。そして、それが一段落すると今度はお前さんたちのお仲間が、わし等が多くて良い所だ、空気が綺麗だとかでたくさん家を建てて住み着き始めたのだ。それでまた、たくさんの仲間が居なくなった…、」
「・・・」
「それでも、わしらは何とかうまくやっていこうと精一杯枝を広げ、葉を茂らせ、伐られた仲間の分まで、新鮮な空気を作り出し、日陰を提供してきたつもりじゃった。ところが今度は、落ち葉が汚いとか、陽が当たらないからわし等を伐りたいという。いったいぜんたいお前さんたち人間はどういう生き物なのだ…、」
「・・・」
「なるほど、確かにお前さんたちは万能の生き物なのかもしれない…、しかしわし等から見れば、動物には違いないのだ。他の動物たちと同じで、我々樹木なくして生きていくことはできないのだぞ!?それをわかっているのだろうか…、わしにはどうもわかってないような気がしてならん…、」
「この短い70年間、わしが観察するに、どうもお前さんたち人間は自分が生きている間の楽と便利のみを追い求めているように思えてならん。だから後先を考えないで目先の快・不快のみでわし等を伐る…、まあわし等はいいとしてもお前さん方の子や孫はどうなる?他の動物たちはどうなる?わし等のいなくなった地上でそう永くは生きていけないと思うぞよ…」
気がつくと私は大きなケヤキの前に立っていた。時間にして2~3分しかたっていなかったようだ。夢を見ていたのかもしれないし、妄想だったのかもしれないが、私は確かに木の声を聞いたのだ。私はその木に返せる言葉が何もなかったことが悔しかった…。
数日後、その樹木は伐採された。