フランス文学者、文芸評論家として、戦前、戦後を通して活躍された河盛好蔵(かわもり よしぞう)さん、人生論、恋愛論、作家論などエッセイも数多く発表された。ことに『愛・自由・幸福』は、戦争が終わり、ようやく自由を手にした一方、恋愛に、結婚に、時代の変化にとまどう当時の若者たちに精神的な指標をあたえ、広く愛読された。本書は井伏鱒二さんとの二十年にわたっての何回かの対談を中心に、En e'coutant ××(××に耳を傾けて…)、フランス文学流の手法でまとめられている。上京以来、清水から天沼と生涯杉並で暮らした河盛さんにとって、井伏鱒二さんは尊敬する作家であり、ご近所さんであり、友人であった。モラリスト、河盛さんの謙虚な語り口が、井伏さんの心のうちまでを引き出している聞き書きの名作だ。
おすすめポイント
河盛好蔵さんは、昭和9年、大学に職を得て大阪から上京、杉並の清水に転居、近所を散歩の途中、井伏鱒二さんの住まいを発見する。井伏さんの初期の作品以来の大ファンだった河盛さんはさっそく挨拶におもむき、以降、井伏さんとの長いつきあいが始まる。戦後は、井伏さんがまとめ役であった阿佐ヶ谷会にも参加された。お二人の文学の話題は尽きることはないが、ともに明治生まれ、故郷を離れ杉並に定住し、時代の荒波のなかで歳を重ねたどうし、話の端々で、杉並での暮らしの心境の変化を聞くことができる。「阿佐ヶ谷会のこと」「荻窪五十年」、ご自身の歩みを綴られたエッセイも収録されており、現代の杉並で暮らす人たちにも、改めて必読の一冊だ。