罹災して女学校時代の友人の阿佐ヶ谷の下宿に身を寄せていたユミ子は、家主の都合で立ち退きをせまられる。友人は帰郷することになったため、貸間を探して、戦時中に従軍先のマレーで懇意にしてくれた宇山を荻窪に訪ねる。宇山は物書きで、仕事部屋として荻窪駅北口ちかくの門長屋の一室を借りており、同じところを紹介する。さらに宇山は、昼間は今までどおりタイピストの仕事、夜の空いている時間に副業で自分の仕事部屋を使って易者でもはじめたらどうかと勧める。門長屋の住人たちはさまざまで、皆どうにか暮らしているひとばかり。ユミ子には貧民窟にしか見えないが、もめごともあれば皆で助け合う雰囲気にしだいにとけ込んでいく。
おすすめポイント
戦後、井伏鱒二が創作活動を再開、荻窪駅北口マーケットの料理屋「魚金」2階の仕事部屋で書き上げた作品。当時、井伏鱒二が見聞きした荻窪駅北口マーケットの人間模様が、そのままモチーフとなっている。のちに上野駅前の旅館の番頭をモチーフにした『駅前旅館』とともに映画化され大ヒット。映画ともタイアップするエンターテインメント作家としての新境地をひらいた作品。戦後復興期の杉並の町の人々の暮らしぶりを知りたい方から、懐かしみたい方まで、世代をこえた必読の書。