代表作『風立ちぬ』が2013年のジブリアニメの原作になり、注目を集めた堀辰雄氏。36歳から杉並区成宗(現在の成田東)に住み、翌年に発表したのが本作である。
主人公の菜穂子は、母親への反抗心から自立を急ぎ、10歳年上の社会的に申し分のない男と若くして結婚する。ところがその夫はいわゆるマザコンで、姑は息子を溺愛。嫁ぎ先に自分の居場所を見いだせないまま、菜穂子は体を壊し、信州の療養所で孤独な病室生活に入る。そこに訪ねてくるのが、輝かしい青春時代をともに過ごした幼なじみの明だ。
たよりない夫、世間体を気にする姑、昔の男との再会など、現代の結婚恋愛相談でも見かけるキーワードが満載の本書。自分探しに苦悩する女性の心がリアルに描かれており、この作品が70年以上も前に男性作家によって執筆されたことに驚かされる。
おすすめポイント
夫の住む東京と、菜穂子のいる信州を結ぶ場所として、荻窪駅がしばしば登場する。秋の夕暮れ、離れた妻を想いながらホームにたたずむ夫の前を、落ち葉を舞い立たせながら中央線が通過するシーンが切ない。また、幼なじみの明の家も荻窪にあるという設定だ。駅を出た明が雑木林を見まわす描写があり、1940年代、堀辰雄氏が杉並に住んでいた頃は、荻窪も自然が色濃く残る場所であったのだろうと推測される。