太宰治さんの杉並時代の代表作。作者自身の心の葛藤、心象風景、少年期の回想、日常生活を、戯作調に十一章のオムニバス形式で構成した異色作。自嘲的でユーモアあふれる語り口の中に、太宰さんの確固たる信条が織り込まれており、昭和初期の混迷の時代、数多くの悩める若者たちの熱狂的な支持を獲得した。太宰さんは28歳の時、鎮痛剤中毒治療のため、半ば強制的に板橋の病院(精神科病院)に入院させられたが、強靭な意志力で半月で完治。初代夫人と再び杉並に戻る。そして、天沼の碧雲荘に落ち着き、のちの作品『人間失格』の原型となる『HUMAN LOST』と、この『二十世紀旗手』を一気に書き上げた。「神聖の仕事はじめよ」。自身を二十世紀の旗手にたとえ、太宰さんの再生宣言とも言えるこの作品中、「行くところなき思いの夜」の主人公がやっと辿り着く先に、荻窪の郵便局が登場する。
おすすめポイント
太宰さんは人生の過酷な転換期を、図らずも杉並で迎えた。ひょうきんで時に破天荒な振る舞いは、実は極端に生活下手で人が苦手な内面の裏返しだった。杉並での生活の様々な局面でも困難な事態に直面したにちがいない。好きな小説を書いていきたい。しかし、そのためには生活していかなければならない…。葛藤の末、太宰さんは小市民となることを決心する。同時に、そうすることによって苦悩する自分自身を徹底的に掘り下げて作品化する創作スタイルも確立した。杉並での生活、当時の杉並の社会が、その後の太宰さんの生き方、また作品に大きな影響を与えたともいえる。太宰と杉並、杉並と太宰、想いをかきたてられる作品だ。