ラジオドラマ、テレビドラマの脚本家として数々の名作をうみだした向田邦子さんは、人生の節目を杉並区で過ごした。保険会社勤務の父親の仕事の関係で、全国を転居。戦後、久我山、本天沼に一家が揃って暮らした時期は、ちょうど社会にでて自分の仕事を見つけていく十五年余にあたり、当時の向田家に起きた出来事は、向田作品にも大きく反映している。『だいこんの花』『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』等々、テレビドラマの向田作品に一貫するテーマは家族への想い、その向田さんが、自らの家族への想いを綴った初のエッセイ集『父の侘び状』を刊行したのは四十九歳の時だった。一人暮らしのうえ大病を患い、形として残るものをつくりたかったと語っている。大評判となり、ついで、初の短編小説集『思い出トランプ』が発刊され、収録された何作かが、1980年(昭和55年)、第83回 直木賞を受賞した。不慮の死をとげる前年のことだった。
おすすめポイント
『思い出トランプ』の後書きで、向田邦子さんは、「上梓にあたり、順番は題目に因んで十三枚のカードをシャッフルしてあります」と述べている。普通の家庭生活をおくる女と男の、それぞれの秘め事の十三の物語、そのうちのひとつが『酸っぱい家族』。飼い猫が近所の家で飼っている鸚鵡(オウム)をくわえてきてしまい、その処分に悩む一家の主。出勤途中に処分しようとするが捨て場所がなく、とうとう荻窪駅に着いてしまう。十三枚のうち、中年男の酸っぱい思い出をテーマにしたカードに杉並が描かれている。