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雪野

『雪野』 著:尾辻克彦 (文藝春秋)

高校卒業後、芸術への道を志し上京、東京駅のホームに降り立った主人公は、大分の幼馴染み、雪野と三年ぶりに再会する。小学校時代、ともにクラスの絵上手でならした二人は、いいことも悪いこともいつも一緒、美術への経験も共に深めていった仲だったが、主人公の名古屋への引越以後は文通でお互いの近況や気持ちを伝え、同じ美術大学をめざすことを決めていた。「お……雪野か」「おう。お前……赤瀬川か」。坊主頭だった幼い雪野が髪をのばし眼鏡をかけた青年となり待っていた。主人公は、東京には三日だけ先輩の雪野に先導され、とりあえずの寄宿先、大分時代の絵のグループの先輩のところへ向かうため中央線に乗り込む。少年時代と変わらぬ名コンビの貧しく切なくとも夢はあった東京生活が幕をあける。
おすすめポイント
作者、尾辻克彦、またの名を、芸術家、赤瀬川原平さんが、『父が消えた』で、1981年(昭和55年)、第84回芥川賞受賞後に発表した自伝的長編小説。主人公と雪野の芸術を模索する悪戦苦闘の物語を通して、自身の芸術との関わり方の変遷も綴っている。阿佐谷のバラックのような建物の六畳、洋間の八畳、物語の舞台として杉並も度々登場。上京、郷里の友人と東京で再会する…、そんな経験を持つひとにはなおさら共感を呼ぶ作品だ。

DATA

  • 取材:井上直
  • 掲載日:2013年07月09日