荻窪の住宅街に目をひく洋館がある。1日2組限定の完全予約制レストランビストロOJIだ。夕日を浴びて立つ姿は大正ロマンをたっぷりと伝え、どんな人たちが住んでいるのだろう、中はどんな風なのかと想像をかきたてる。オーナーの末光操(すえみつみさお)さんに建物の歴史について伺った。
この洋館は、1924(大正13)年に操さんの義父、末光績(いさお)さんによって設計施工された。積さんは愛媛県の南予(なんよ)地方の出身。札幌農学校に進学し、帰郷して松山農学校の校長を務めた。その後東京大学で学び、卒業後は明治大学の教授として教鞭(きょうべん)をとっている。学生時代に札幌で見た洋館に憧れていた積さんは、いつか自分もそのような家に住むという夢をもっていた。そこで、郷里の南予から腕の良い棟梁(とうりょう)の和田計(かずヱ)さんを招き、現在の敷地に住まわせて洋館の建築にあたらせた。自ら設計を担当した積さんは模型を作り、棟梁にこんな家を作るよう熱心に説明したという。夢の洋館は1年後に完成。2階建ての頑丈な造りで、現在まで大改修なしにほぼ当時の姿をとどめている。2002(平成14)年には文化庁によって登録有形文化財に指定された。
積さんが洋館を立てる敷地を決めるには3つの条件があった。高台、固い地盤、国鉄(当時)の沿線。その条件に合致したのが上荻である。建ったばかりの頃は家から荻窪駅、それに西荻窪駅まで見通せたそうだ。
1985(昭和60)年、操さんの夫である深海(ふかみ)さんが、大切な末光邸の活用法として、客をもてなせるレストランの開業を決意した。店は現在、操さんによって引き継がれている。OJIに食事に訪れると、古典的な階段、装飾ガラス窓や積さん自ら彫った扉の彫刻などが目に留まり、当時にタイムスリップしたような気分が味わえる。意匠に凝った建物でありながら、友人宅のダイニングでもてなされているくつろいだ気持ちになれるレストラン。それこそがオーナーの操さんの願いでもある。