一欅庵(いっきょあん)

大正・昭和初期に流行した洋館付き和風住宅

松庵の住宅地に大きな欅(けやき)の木が庭に立つ家がある。1933(昭和8)年、現在のご当主の祖父である太一さんが、会社の退職を機に家族との生活を楽しめるよう、宮大工の山田久八氏に依頼して建てた家だ。このあたりは江戸時代に農家の屋敷林があった場所で、欅の詳しい樹齢はわかっていないが、そのころから残っている可能性もある。
建物は、大正時代から昭和初期にかけて流行した、玄関の脇にひと間の洋館が付いた和風住宅。付設の洋館をとんがり屋根に(アニメ映画『となりのトトロ』の「サツキとメイの家」のように)する家が多い中、この家は洋館の屋根を平らにして、上をルーフバルコニーにしている。このバルコニーは、2階の太一さんの書斎から直接出られるようになっていて、太一さんはそこから富士山をよく眺めていたという。
子供のころ、祖父の建てたこの家で暮らした当主は、自分の代になって引き継いでからも、建具や家の造りをできるだけ変えずに建物を維持してきた。今も和室の欄間や障子の組子細工に当時の職人の確かな技を見ることができる。
家の特徴は、開口部が広くて風通しが良いこと。「欅の大木によって冷やされた空気が玄関からはいり、夏でも爽やかな風が家の中を通ります。」と当主。洋館以外はエアコンがないが、昔と変わらず夏は座敷の障子を取り外し、窓を開け放って涼を呼ぶ。
このような洋館付き和風住宅で今もきれいに残っているものは少なく、NHK『美の壺』やBS朝日『百年名家』で「昭和の面影を残す家」として紹介された。
当主は「建物維持のためには活用することが必要」と考え、2010(平成22)年ごろから徐々に建物の貸し出しを始めた。家のシンボルである大きな欅と、祖父・太一さんの名前の一字をとって「一欅庵」と命名し、アーティストの作品展示や教室、演奏会、落語会などの会場として活用している。

DATA

  • 住所:杉並区松庵2-8-22
  • 最寄駅: 西荻窪(JR中央線/総武線) 
  • 補足:通常、一般公開はしていないが、イベントによっては見学可能。
    問い合わせ先:ikkyo_an@yahoo.co.jp
  • 公式ホームページ(外部リンク):http://ikkyoraku.blog.fc2.com/
  • 取材:石渡玲子
  • 撮影:石渡玲子
  • 掲載日:2016年06月06日
  • 情報更新日:2022年03月25日

玄関脇の洋館は応接間。外観は質素だが中は華やかで、当時流行した暖炉(だんろ)や色ガラスの装飾が目を引く

玄関脇の洋館は応接間。外観は質素だが中は華やかで、当時流行した暖炉(だんろ)や色ガラスの装飾が目を引く

門を入ると、家の前に大きな欅の木がある。2010(平成22)年、国の登録有形文化財になった

門を入ると、家の前に大きな欅の木がある。2010(平成22)年、国の登録有形文化財になった

玄関脇にある洋館。屋根を平らにし、ルーフバルコニーとして使用したのは珍しい

玄関脇にある洋館。屋根を平らにし、ルーフバルコニーとして使用したのは珍しい

座敷の障子を取り外すと、夏でも涼しい風が家の中を通る

座敷の障子を取り外すと、夏でも涼しい風が家の中を通る