1947(昭和22)年に実施された杉並区⻑初公選で、著者である新居格(にい いたる)は「日本一の文化村」の創世を公約に掲げ、59歳で当選した。杉並区役所に戦時迷彩(※1)が残る戦後まもない時期で、人々が平和で文化的な生活を望んでいたことが想像できる。
本書は、新居が健康問題などが原因で辞任するまで、わずか1年ながら区長として苦闘した日々の記録だ。発行年からの経年に配慮し、底本(原作『区長日記』)に注釈や研究者の解説が付いており、わかりやすい。
新居は新聞社勤務で培った国際感覚や知識・知見、語学、独特の視点を生かした文芸活動を展開し、「モガ・モボ(モダンガール・モダンボーイ)」などの造語も世に送り出す文化人だった。だからこそ、出来事や思いを克明に記録できたといえよう。また、中学生の頃から社会主義思想に共感し、アナキスト(無政府主義者)としての活動にも参加するなど、63年の人生を濃厚に生きた人物である。
当時、杉並区役所はすでに阿佐谷にあったが、新居は荻窪駅北口を想定して文化都市・杉並区の理想の姿を本書に細かく描いている。構想が実現していたら、荻窪がどのようになっていたのか想像してみるのも楽しい。また「わたしは民衆から辞令をもらった」と自負する新居は、民意に沿わないと感じた役所の慣習やしがらみになじめなかったこともあり、たびたび庁内でいさかいを起こしている。現代社会の「サラリーマンあるある」のようで、共感ポイントが多い。
▼関連情報
すぎなみ学倶楽部 歴史>【記録集】杉並にも公民館があった>3.公民館建設の立役者
※戦時迷彩:建物を空襲から守るために暗い色に塗装した