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井草幼稚園 園舎

国登録有形文化財(建造物)に登録されている園舎。都内では2件のみと珍しい

国登録有形文化財(建造物)に登録されている園舎。都内では2件のみと珍しい

園舎としては数少ない、国登録有形文化財(建造物)

西荻窪駅から徒歩約18分、井草八幡宮近くにある井草幼稚園。小高い坂の上にあるため、晴れた日には門前から真っすぐに富士山が見える。
園舎は1933(昭和8)年に建設されたもの。歴史的建造物の調査保存サポート活動をしている「杉並たてもの応援団」が2007年(平成19)年に来園、それを機に本格的な調査が行われ、2017(平成29)年10月に国の登録有形文化財(建造物)として登録された。
登録有形文化財として登録されている園舎は、都内ではこの井草幼稚園園舎を含め2件のみだ(2025年2月時点)。創立当時の棟礼や設計図面などの資料がきれいな状態で豊富に残っていることも、歴史的価値を高めているという。

▼関連情報
一般社団法人 杉並たてもの応援団(外部リンク)

1933(昭和8)年創立当時の遊戯室の様子(写真提供:井草幼稚園)

1933(昭和8)年創立当時の遊戯室の様子(写真提供:井草幼稚園)

創立時の設計図面(写真提供:井草幼稚園)

創立時の設計図面(写真提供:井草幼稚園)

児童教育の重要性を説き、多くの共感を得て開園

井草幼稚園創立者の鈴木積善(すずき しゃくぜん)氏は、浄土宗僧侶として学生時代から日曜学校を主催し、関東大震災で罹災した児童の救援保護活動に取り組んでいた。児童教育の重要性を訴え、自らも幼稚園を開きたいという鈴木氏の思いに共感した各所から寄付が集まり、開園が実現したという。
設計は、共に児童教化(※1)活動をしていた宮内省内匠(たくみ)寮技官の森久吉(ひさきち)氏が担当した。1962(昭和37)年までの増改築設計には森氏が携わっているため、全体に調和がとれた建物となっている。
両氏は仏教徒であったが、この園舎には仏教寺院的な意匠は特に見られない。外観は和風を基調としつつ、園児が集まるホールには三角形を基本とした洋小屋組構造(※2)が用いられ、開放的で広い空間を作り出している。

創立者で初代園長の鈴木積善氏(中央奥)(写真提供:井草幼稚園)

創立者で初代園長の鈴木積善氏(中央奥)(写真提供:井草幼稚園)

園内で見られる装飾的意匠

建物自体はシンプルな一方で、細部には装飾的な要素がいくつもある。
庇(ひさし)の腕木など目立たない部分の彫刻や、板目が互い違いになるよう工夫された天井の他、手洗い場のタイルは1枚ずつ手貼りで、ピンクや水色といった明るい色が使われている。同時期に建てられた、井荻駅近くの旧滋賀家住宅主屋(1931(昭和6)年竣工)でも見られたような丸窓も印象的だ。
また、ユニークな設備もある。普通の戸棚のようだが、実は温飯器だ。手前の戸板を外すと、中に熱源と棚があり、弁当箱を置いて温められる仕組みになっている。温飯器、暖飯器、保温庫などとも呼ばれるこうした設備は昭和30年代頃に広まったと推測されるが、井草幼稚園には戦後の比較的早い時期からあったといい、園児たちに温かい食事をという心遣いが感じられる。

▼関連情報
すぎなみ学倶楽部 文化・雑学>杉並の景観を彩る建築物>旧滋賀家住宅主屋

年月を経た光沢が美しい木製の階段と丸窓(写真提供:井草幼稚園)

年月を経た光沢が美しい木製の階段と丸窓(写真提供:井草幼稚園)

園児の弁当を温める温飯器。今も現役だ

園児の弁当を温める温飯器。今も現役だ

地域の歴史と共に

ホールの天井を支えている丸柱は、すっかり磨かれてつるつるぴかぴかに光っている。園児たちが登って遊ぶからだという。「子どもたちは素朴な遊びが好きですね。それは今も昔も変わらないように思います」と、積善の孫で副園長の鈴木啓順(ひろまさ)氏は話す。
90年以上の歴史がある井草幼稚園。戦時中は東京都が戦時非常措置として幼稚園での保育事業の休止を求めた「幼稚園閉鎖令」もあったが、「戦時託児所」として子どもを受け入れ、創設時から現在まで保育施設として存続してきた。「おじいちゃんもこの机を使っていたよ」と孫に話す卒園生もいるという。
三世代にわたる子どもたちを見守ってきた園舎が、地域の歴史と住民のつながりを今も伝えている。

※1 児童教化:浄土宗では、阿弥陀仏の大いなる慈悲のもと「明るく、正しく、仲よく」健康な心を育むという、人間形成の一助となることを目指す

※2 洋小屋組構造:三角形を作るトラスによって屋根にかかる荷重を外に分散させる組み方。明治以降に普及した

広々としたホール。左端がつるつるの柱

広々としたホール。左端がつるつるの柱

70年以上受け継がれてきた机や椅子、積み木

70年以上受け継がれてきた机や椅子、積み木

DATA

  • 住所:杉並区善福寺1-17-1
  • 電話:03-3399-4131
  • 最寄駅: 西荻窪(JR中央線/総武線) 
  • 補足:幼稚園園舎のため一般公開はされていません
  • 公式ホームページ(外部リンク):https://www.igusa-y.jp/page1
  • 出典・参考文献:

    「国指定文化財等データベース(文化庁)」https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/index
    「WEB版新纂浄土宗大辞典」https://jodoshuzensho.jp/daijiten/ 
    「学校法人松峯学園 井草幼稚園 ホームページ」https://www.igusa-y.jp/ 
    『井草幼稚園 園だより』「昭和戦中期の戦時託児所について ― 幼稚園から戦時託児所への転換事例 ― ②」矢治夕起

  • 取材:CHIE
  • 撮影:CHIE
    写真提供:井草幼稚園
    取材日:2024年12月28日
  • 掲載日:2025年03月17日