伊東忠太の現存する数少ない邸宅建築の一つ(写真提供:NPO法人TFF)
荻外荘(てきがいそう)は、昭和前期に内閣総理大臣を3度務めた近衞文麿(このえ ふみまろ)の旧宅である。戦前期には第二次内閣の基本方針を話し合う「荻窪会談」などが行われた。日本政治史上、重要な場所として、2016(平成28)年に国の史跡に指定されている。
医学者で大正天皇の侍医頭も務めた入澤達吉(いりさわ たつきち)が、平安神宮や築地本願寺を設計した建築家・伊東忠太(いとう ちゅうた)に設計を依頼し、別邸として1927(昭和2)年に建てた。当時は「楓荻荘」(ふうてきそう)という名であったが、後に近衞がここを気に入り1937(昭和12)年に譲り受けた際、元老・西園寺公望(さいおんじ きんもち)によって「荻外荘」と名付けられた。
杉並区は地域と連携して2014(平成26)年から約10年をかけて復原・整備を行い、2024(令和6)年12月に荻外荘公園として公開した。
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最初の所有者である入澤は、床に座る和風の暮らしから椅子の生活への移行を推奨するなど、近代建築が目指す機能性重視の考え方に共感する人物だった。伊東は入澤の義弟で、建築史の研究にも業績を残し、建築界で初の文化勲章を受章している。
進取の気風を持つ二人が造り上げた荻外荘は、構造が実に先進的だ。間取りは接客ゾーンと家族の生活ゾーンに分かれている。外観は落ち着いた日本風で、平屋ながら高い屋根が特徴。客間はじゅうたん敷きでオリエント風な壁紙が貼られ、応接室は中国風の趣がある螺鈿(らでん)細工のテーブルセットがあり、部屋ごとに異なる内装が目を楽しませてくれる。
ユニークな装飾も見どころの一つだ。伊東は建築物に動物や妖怪の意匠をあしらうことで知られているが、荻外荘では食堂や客間の壁紙に動物、応接室の床の敷瓦(しきがわら)に龍のデザインがみられる。
荻外荘復原・整備プロジェクトは、1960(昭和35)年に豊島区に移築されていた東側の半分を創建の地である荻窪へ戻し、近衞が居住していた頃の姿に復原するというものであった。部分移築された文化財的建造物の再移築工事は全国的にも例が少ないという。区では「残存していた創建時の古材を、傷んだ部材も丁寧に補修して最大限使用しました」と話す。
内装や調度品の再現度の高さは驚くほどだ。「荻窪会談が行われた客間は当時の写真を参考に、飾り棚の中の小さな人形に至るまで精密に再現しています。テーブルクロスは柄の出方まで同じになるように、京都の織物工房に依頼し制作しました」という。
客間ではARで荻窪会談の再現を見ることができ、歴史的場面と最新技術が融合した展示となっている。
邸内には地元の人気スイーツが味わえる喫茶室がある。売店では客間の壁紙をデザインした動物模様のマスキングテープや、200分の1スケールの荻外荘ペーパークラフトなどを販売しているので、荻外荘見学の土産にもぴったりだ。荻外荘南側の歩道には杉並区公式アニメキャラクター・なみすけとナミーが描かれたマンホールが設置されており、荻外荘の受付でマンホールカード(※)を配布している。
また、荻外荘公園と近隣の大田黒公園に停車するグリーンスローモビリティが荻窪駅西口から発着している。角川庭園も、荻外荘公園の停留所から徒歩約5分の近さだ。「グリスロ」に乗って、それぞれの由緒ある建物と庭園を楽しむのもよいだろう。
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※マンホールカード:下水道事業に興味を持ってもらうことを目的に発行されているコレクションカード
『文化財シリーズ46 国指定史跡 荻外荘(近衞文麿旧宅)』(杉並区教育委員会)
『国指定記念特別展 「荻外荘」と近衞文麿』(杉並区立郷土博物館)
『伊東忠太動物園』伊東 忠太・藤森 照信・増田 彰久(筑摩書房)
「公益社団法人 日本建築家協会」
https://www.jia.or.jp/
杉並区公式HP 「建物の復原と荻外荘」山野敬史
https://www.city.suginami.tokyo.jp/documents/7597/01-restration-of-structures-and-tekigaiso.pdf