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観戦百景

行こう、楽しい運動会

運動会に歴史あり、そして観戦風景にもこれまた歴史がある。
札幌農学校や東大のお雇い外国人教師たちが伝えたスポーツ競技会は、運動会という形になって全国へ伝わったが、運動会を観る楽しみは、『行楽』と変わった。明治の後半になると東大の運動会もイベント色が高まって見せ物的になっていったという。のみならず、お婿候補のエリート、将来の学士様を見定めに着飾った女学生やお嬢様でいっぱいだったとか。夏目漱石の『三四郎』にも見せ物となった運動会を憂える箇所が見える。
しかし、このころはまだプロ野球もサッカーもバレーボールもない。一般が見られるスポーツといえば相撲くらいだろうか。庶民は楽しいスポーツイベント、年に一度の行楽として運動会観戦を心から楽しんでいたのに違いない。
写真提供:東大農学部web

行楽から授業参観に

戦後昭和の運動会は、晴天に花火が上がって開催を知らせる頃、お母さんはお弁当作りに精を出し、午前のプログラムが終わると、子どもたちは大急ぎで家族の座るシートへ走り、お重にぎっしり詰まったごちそうと水筒の麦茶。お父さんは隣のおじちゃんと、一杯機嫌。運動会は地域の人も集まってくる年中行事の一つだった。やがて、教育の場での飲酒が問題になり、地域の年中行事から学校の行事というカラーが強まり、消えていった。
とはいえ、行楽イメージが残る昭和生まれには、晴天アウトドア+お弁当には缶ビールプシュの誘惑が絶ちがたいようで。運動会は行楽ではなく体育の発表の場で、授業参観や文化祭(学習発表会)と同じ、と前置きをしてから、ある校長は、「表だっての飲酒なら注意できますが、ペットボトルの保冷用バッグに入れて召し上がっているとわからない・・・でも、あとに空き缶が残っているんですね」と苦笑い。
よく晴れた秋の日、子どもたちの健闘を肴にビールを飲むのはおいしいかもしれない、でも子どもの算数の授業中、教室の後ろに立って缶ビールをプシュ、と同じと思ったらいかがでしょう。

かわいい我が子に一斉射撃!!

子どもたちが一所懸命練習の成果をみせてくれる運動会。一年生のかわいさ、六年生のたくましさ。転んでも立ち上がって、最後まで走る姿に暖かい拍手が巻き起こり、年齢とともに身にしみる子どもたちのすばらしさ。おかあさんおとうさん、おじいちゃんおばあちゃん、おじさんおばさん、親族一同総出で燃える燃える。
我が子の孫の姪の甥の、姿を永遠に残す写真とビデオの発達はゴール・ラインでの激写風景を生み出した。撮影隊の過熱ぶりに、危険防止と競技妨害にならないように、学校サイドでは事前に撮影ルールに関してお願いをする、ラインを引き、放送で知らせるなどの防衛策を採っている。区外の私立幼稚園の話だが、競技を二回行うところもあるという。つまり、二回目は撮影用だそうだ。
撮影に夢中で応援を忘れちゃいませんか? あとで見るより、奮闘する姿は心に焼き付けて応援しよう。過去の子どもに応援はできないのだから。

子どもに見せられない? 観戦マナー

運動会前夜、校庭が狭い地域、とくにお弁当を一緒に食べる学校では、熾烈な場所取り合戦が巻き起こる。前夜のうちから門前に長蛇の列、取れた取れなかったで悲喜こもごも。やっと取れても半徹夜の疲れで取った場所で高いびき、という話は区内では聞こえてこないものの、不思議な風景は見ることができる。
「ゴール・ラインに撮影隊ができてだんだん前へ進んでくる」、「子どもそっちのけで飲酒状態」、「シルバー席に平気で座る」、「一部の人だけでお揃いのTシャツを作ってしまう」、「自分の子どもの出番しか見ない」、「場所をたくさんとって三人くらいしかいない」、「見ないで寝ている」、「対戦相手の子どもをののしる」などなど、奇妙な観戦風景はまだまだありそう。

DATA

  • 取材:富樫明美
  • 掲載日:2008年09月25日