荻窪駅北口から四面道方面に青梅街道を歩くこと約7分、「光と風のハーモニー」をテーマに建設された杉並公会堂が姿を現す。2、3階の外壁を覆う柔らかな半透明のプロフィリットガラス(※1)が、内部の動きを影絵のように映し出し、夜は幻想的な雰囲気を醸し出す。かつて四面道に灯っていた常夜灯をイメージしており、建物全体が暖かい「街の灯り」としての役割を担っている。優れた公共建築物として、2010(平成22)年には公共建築賞優秀賞を受賞。
館内には、国内有数の音響効果を持つ大ホール(1,190席)、演劇や発表会など多目的用途の小ホール(可動式194席)、オーケストラのリハーサルなどに利用でき、大ホールの舞台面と同じスペース(245㎡)を持つ「グランサロン」、合唱やバンド、ダンスの練習などができる5つのスタジオが備わる。区民をはじめとする利用者に幅広く活用してもらうため、多用途に対応する舞台や音響・照明・残響可変装置を備えている。世界3大ピアノ(スタインウェイ・ベーゼンドルファー・ベヒシュタイン)がそろうことも大きな特徴である。
※1 プロフィリットガラス:型板ガラスをコの字形に曲げ、外光や照明を利用した光の壁をつくることができるガラス建材
現在の杉並公会堂は、旧杉並公会堂(以下、旧公会堂)の老朽化が進んだことから、2003(平成15)年に建物を取り壊し、2006(平成18年)にリニューアルオープンしたものである。
旧公会堂は、1957(昭和32)年に竣工。46年間にわたり「杉並区の文化的シンボル」として区民に親しまれた。建設にあたっては、活動弁士(※2)だった徳川夢声氏、作曲家の小松耕輔氏、松山バレエ団団長(当時)の清水正夫氏らによる専門委員会を設置。徳川氏の意見により、区の建設予定地に約1,000㎡の土地を買い増しし、1,176席収容のホールが完成した(コラム3参照)。
当時の東京に1,000席以上ある大ホールは日比谷公会堂しかなく、クラシック公演をはじめ、合唱やジャズのコンサート、シンポジウム、成人式など、利用目的は多岐にわたった。レコーディングの場としても、作曲家の近衛秀麿(このえひでまろ)氏や黛敏郎(まゆずみとしろう)氏が愛用。また、一世を風靡(ふうび)した人気番組「8時だョ!全員集合」など、テレビ番組の収録にも頻繁に用いられた。1966(昭和41)年7月9日には、翌日からのテレビ放送に先立ち「ウルトラマン前夜祭」が開催され、ウルトラマンが初めて一般にお披露目されたことでも知られる(コラム4参照)。
1994(平成6)年には杉並区が日本フィルハーモニー交響楽団と友好提携を締結。以後、日本を代表するオーケストラの文化発信基地としても存在をアピールしている(コラム5参照)。
※2 活動弁士:無声映画を上映中、内容を語りで表現して解説する専門の職業的解説者
旧公会堂がテレビ番組の収録やレコーディングの場として好まれた理由は、その優れた音響設備にあった。後に日本音響学会会長を務めた二村忠元教授を中心とする、東北大学の二村研究室が設計を担当。特にホール内側壁に装備した残響可変装置は、予算不足で手動式にしかできなかったものの大変な好評を博し、「東洋一の文化の殿堂」と呼ばれるようになった。旧公会堂を知る元職員の塚原悟氏は、「舞台と観客が感動を共感できた。」と旧公会堂の魅力を語っている。
ホールには、吊上げスクリーンによるシネマスコープ映画設備も完備。映写機の音声を、映写機付属のスピーカーではなく、ホールの音響設備を使って出すようにしたのは、旧公会堂が初めてである。映写機は、中島飛行機の後身である富士精密工業の「フジセントラル」という型が用いられた。
またスタインウェイに加え、日本では珍しい「幻の名器」メイソン&ハムリンの大型ピアノが設置された。国内品としては、1967(昭和43)年に開発されたヤマハCF(フルコンサート)グランドピアノを導入。弾き初めを行ったのはピアニストの故中村紘子氏であり、ピアノ内部にサインが残っている(現在、浜田山会館が所蔵)。
今や世界的に有名になった東宝の空想特撮作品「ウルトラシリーズ」。その第1作目の「ウルトラQ」は、1年にわたる制作期間と多額の予算をかけて、1966(昭和41)年1月2日からTBS系列で放送された。日本全国に湧き起こった「怪獣ブーム」の中、TBSは番組枠のシリーズ化を決定。「ウルトラQ」放送終了後の同年7月9日、杉並公会堂で新シリーズの番組PRイベント「ウルトラマン前夜祭 ウルトラマン誕生」が開催された。公会堂での舞台劇には、ウルトラマン、ウルトラ怪獣、科学特捜隊が出演した他、ウルトラマンの生みの親である円谷英二監督もゲストで登場。イベントの演出は、のちに「ウルトラマン」「ウルトラセブン」で多数の名エピソードを作ることになる実相寺(じっそうじ)昭雄氏が担当した。この「前夜祭」は翌10日に公開録画中継で放送。視聴率は30%を超えた。
「ウルトラマン」の第1話「ウルトラ作戦第一号」がテレビ放送されたのは、翌週7月17日のことである。本シリーズは大ヒットを記録した。
旧公会堂から現公会堂へ。ウルトラマン再登場
杉並公会堂では、放送開始50周年を記念して2016(平成28)年7月9日と10日に、歴代のウルトラ戦士やゆかりのアーティストが集合するイベント「ウルトラマンの日in 杉並公会堂」を開催した。メモリアルライブやトークイベントに加え、ホビーマーケットなどが開かれた。かつてウルトラマンや隊員たちに憧れた子供たちも今では親世代。子や孫世代も交え、杉並の地でウルトラマンの再来に胸を熱くした2日間となった。
1994(平成6)年以降、杉並公会堂は、日本フィルハーモニー交響楽団のフランチャイズ・ホール(拠点)として使用されている。現在約80名の楽団員を擁する同楽団の桂冠名誉指揮者(※3)、小林研一郎氏は、現公会堂について「およそ今までのホールに見られなかったまったく死角のない素晴らしい響きだ。指揮者として感動を覚える。」と語る。同楽団は、シーズンコンサートに加え、「公開リハーサル」(年4回)、「出張音楽教室」(年10回)、「区役所ロビーコンサート」(年4回)、ワークショップなど、区や区民と協力して音楽事業を積極的に開催。区内の全小・中・養護学校が参加する「音楽鑑賞教室」は、フルオーケストラによる公会堂での名曲演奏を通して音楽の教養や鑑賞マナーを培っている。
2016(平成28)年は杉並公会堂建て替えから10年という節目を迎え、小林氏指揮による「ベートーヴェン交響曲ツィクルス」の特別公演が行われた。また、3大ピアノが勢ぞろいする「3大ピアノ★プロジェクト PIANO三重弾!(特別ガラ・コンサート〉」、「特撰落語会」などの企画も行われた。
長い歴史を重ね、ブラウン管を通しても広く親しまれてきた杉並公会堂。これからも杉並区民の財産として誇りにしたい施設である。
※3 桂冠名誉指揮者:常任指揮者や音楽監督を長く務めた指揮者に贈られる名誉称号
『杉並公会堂改築基本計画概要』 杉並区生活経済部管理課