「ほんとに絵本作家なの?とよく言われます」と笑顔で話す宮野さん。自身が描くやわらかく優しい絵のイメージとは違い、明るく元気でアクティブな印象だ。アルバイトは接客ばかりだったし、今もフリーマーケットに出店するのが好きというのも、実家が米屋だったと聞けば納得。生粋の「商売人の娘」である。
1976(昭和51)年、方南町の峰米穀店(2010年閉店)の次女として誕生。家の周りには総菜屋、肉屋、魚屋、八百屋などが並び、近所では“米屋の娘”としてかわいがられていた。家族は両親、姉、2人の弟の6人暮らし。「姉は3つ年上で、8つ年下の弟は双子です。両親は米屋をしながら子育てをしていたので、本当に大変だったと思います。忙しい時は姉と私で弟たちのおむつを替えたり、日曜日も仕事があったので、週末は花小金井の祖母の家で過ごしたりしていました。」
当時のそんな思い出が詰まっているのが、2015(平成27)年に発行された『あとでって、いつ?』。総菜屋を営む両親と息子“とっちゃん”の物語だ。一緒に遊んでほしいのに、忙しくて「あとで」とばかり言うパパとママ。ひとりぼっちで遊ぶとっちゃんの寂しい気持ちを思うと、子供だけでなく親の身としても胸が痛くなる。一人っ子のとっちゃんに比べ、宮野家はにぎやかだっただろうが、だからこそ両親を独り占めしたい気持ちは強かったのかもしれない。
子供の頃から絵を描くのが好きだったという宮野さん。「小学1年生から中学2年生まで絵画教室に通っていました。絵のほかにも工作をしたり、あまり覚えていないのですが、絵本も描いていたみたいです。」
絵を描く仕事をしたいという思いはずっとあったものの、絵本作家になりたいと思ったのは高校生になってから。「進路相談で先生に絵本のことを学びたいならと勧めていただいて、女子美術短期大学(現・女子美術大学短期大学部、杉並区和田1丁目)に入りました。」学校では広告デザインを勉強。「カメラを使って構図を学んだり、パッケージデザインや絵本の装丁を学んだり。絵本は余白を上手に使わないとごちゃごちゃして読むと疲れてしまうので、構図が大事。とても勉強になりました。」
ところが、卒業後は絵本作家ではなく、グラフィックデザイン会社に入社。20歳の頃に出会ったある絵本作家の一言がきっかけだった。「何度か自作絵本を見ていただく機会があって、作品も気に入ってもらえたのですが、“絵本を作るには人生の明るい部分だけでなく、暗い部分も知らなくてはならない。あなたにはまだその経験がない。良い絵本を作るには最低でもあと5年待ちなさい”と言われて、そうかもしれないと気づきました。」
その後も絵本作家への夢は持ち続け、7年後には児童書店に転職。「児童書店での仕事は本当に楽しくて、いろんなことを学びました。働く中で絵本の編集者と知り合って、その方に教えていただきながら絵本の作り方を学びました。」
短大卒業から10余年、宮野さんはいよいよ絵本作家の道を歩みはじめる。
「絵本を作るときは、編集者からテーマをいただいて、その中で自分が描きたいものを考えていきます。ファンタジーよりも現実の世界に結びつけて考えることが多いですね。家族や友達との関わりがあって、自分が成長していくとか気づきがあるとか、そういうお話を作るのが好きです。最初はちっぽけだった自分が経験を積み重ねることによって成功していくみたいな、サクセスストーリーってワクワクします。」
そんな宮野さんが一番好きな絵本は『はじめてのおつかい』(※1)。5歳のみいちゃんがママに頼まれて、はじめて一人で買い物にでかけるという物語は、発行から40年たった今も親子で読み継がれる名作である。みいちゃんと一緒になってドキドキしたことを思い出す読者も多いのではないだろうか。「この絵本も、一人で買い物ができたという達成感が好きです。私自身は米屋の娘として顔も売れていたので、近所に買い物に行ってドキドキした思い出はありませんが、一人で買い物ができたうれしさはありました。」
宮野さんのデビュー作となった『宮野家のえほん ももちゃんとおかあさん』は、ももちゃんが近所の商店街にあるポストまでひとりで手紙を出しに行くという物語。大好きな『はじめてのおつかい』を意識して描いた作品だ。
※1 『はじめてのおつかい』:作・筒井頼子/絵・ 林明子/福音館書店/1977年発行
2016(平成28)年、絵本作家として10冊目となる絵本『いちばんしあわせなおくりもの』が第7回リブロ絵本大賞(※2)を受賞した。森で暮らす仲良しのくまとこりすの物語。こりすは大好きなくまくんを喜ばせたくて何かプレゼントをしたいのに、「なんにもいらないよ」と言うくまくん。「編集者からいただいたテーマが“愛情”で、自分にとっては思いがけない難しい課題でした。苦心した作品だったので、受賞はほんとうにびっくりしましたし、うれしかったです。」
テーマが決まったのは、2011(平成23)年、東日本大震災後のこと。「私自身、すごく気分が落ち込んでいた時でした。亡くなった方やその家族の方たちは愛する人に何を伝えたかったのか、ただ本当にそばにいてほしかったって伝えたかったんじゃないか。そういう絵本を描きたいと思いました。生きていてくれるだけでいい、それだけでもう何もいらない。普段は恥ずかしくて言えないことも、絵本を通してなら言えるかもしれない。この絵本が誰かの力になればと思って作りました。」
受賞後はこれまでと違った作風の依頼もあるという。「授賞式のとき選考委員の方に、“宮野さんはしつけの絵本が多いのに、今回はそういうところが全くなくて、優しくてとてもいいお話ですね”と言われて、自分の絵本がしつけの絵本だと言われたことにも驚きました。でも、そう思われているのだとしたら、この作品は私にとってプラスになったんだと思います。これからは今の形にとらわれず、いろんな面を見せていきたい。自分はこうだと決めるのではなく、試行錯誤しながら切り開いていきたいです。」と、うれしそうに話す宮野さん。今後も、どんな作品が誕生するのか楽しみである。
※2 リブロ絵本大賞:毎年刊行される絵本の中から、リブロ・よむよむ・パルコブックセンター各店の児童書担当者が「広く紹介したい」「強くおすすめしたい」と思う作品を選ぶ良書発掘企画
取材を終えて
今回、地元で初めて開かれた宮野さんの読み聞かせの会に参加した。会場には宮野さんの同級生たちも訪れ、和やかな雰囲気に包まれていた。読み手の宮野さんからは、子供の頃からなじみの本屋で自分の作品を読める幸せが感じられ、聞いているこちらまでうれしくなるひとときだった。
宮野聡子 プロフィール
1976年、東京都杉並区生まれ。大宮小学校、泉南中学校卒。女子美術短期大学情報デザイン科卒業後、グラフィックデザイン会社に勤務。その後、児童書店勤務時代に『宮野家のえほん ももちゃんとおかあさん』(アリス館)でデビュー。絵本作品に『あいちゃんのワンピース』(作・こみやゆう)、『えんそく おにぎり』(講談社の創作絵本)、『パンツちゃんとはけたかな』(教育画劇)など。紙芝居作品もある。2016年、『いちばんしあわせなおくりもの』が第7回リブロ絵本大賞を受賞。