ぼくの昔の東京生活

著:赤瀬川原平 筑摩書房

路上観察、超芸術トマソン、老人力、好奇心と遊び心に溢れる表現活動をつづける芸術家にして小説家の赤瀬川原平さんが、美術大学進学のため名古屋から上京し中央線沿線で暮らした日々を、ほのぼのと描いたエッセイ。西荻窪、阿佐谷北、本天沼、阿佐谷南、天沼、荻窪、再び阿佐谷南、およそ16年間転々と移り住んだ杉並での日々についても、共同生活をした友人、大家さんたちとのエピソードから、高円寺の東光ストア、阿佐谷の鯨テキ屋、荻窪のスター座など、杉並の懐かしい話題も満載。サンドイッチマン、看板屋などのアルバイトと学業、その後の創作活動、なんだかわからないほど忙しく苦しかったその頃を振り返る赤瀬川さんの、杉並への親しみを込めた心情がうかがえる作品だ。
おすすめポイント
杉並時代の赤瀬川原平さんは、新進気鋭の前衛芸術家、イラストレーター、美術学校の講師と、激走しつづけたが、一方、お札を精密に模写、印刷してオブジェ作品の素材とした行為が通貨模造の罪に問われ、数年にわたり被告として芸術裁判を争った(千円札事件)。「ふと、時計が止まるぞと思い、顔を起こして枕元の眼覚まし時計を見ると、カチ、カチといった秒針がカチリと止まる瞬間を見てしまう…」(「東京の夜」より)。緊張と疲労で眠れなかった阿佐谷の六畳一間の下宿の夜、芸術界の怪人赤瀬川さんの研ぎ澄まされた感性を知ることもできる。

DATA

  • 取材:井上直
  • 掲載日:2013年08月05日