国民的作家と称された松本清張さんは、杉並区との関わりも深い。会社勤務の傍ら『西郷札』で懸賞小説に入賞、さらに1953年(昭和28年)、『或る「小倉日記」伝』で第28回 芥川賞を受賞、作家活動に専念するため故郷の福岡県から上京したのは四十四歳の時だった。荻窪の親戚宅に寄宿後、十代の頃より勤めつづけた会社を退職、家族を呼び寄せ、練馬区関町、上石神井と転居したのち、杉並区上高井戸に新居を構え三十年余、上高井戸が終生の地となった。歴史、時代小説、推理小説、現代小説、ノンフィクション、古代史研究等々、多彩なテリトリーのなかで、とりわけ推理小説は、社会矛盾に翻弄される名もない庶民をテーマに独自のミステリーのスタイルを確立。『点と線』『ゼロの焦点』『砂の器』『けものみち』『鬼畜』『天城越え』等々、映画化、テレビドラマ化れた作品も数知れず、現在も、愛される作家でありつづけている。
作品づくりに日本全国の情報を集めた松本清張さん、杉並区を題材にした作品もいくつか発表された。
『黒い福音』は、1950年代後半、杉並区内で起こった迷宮入りの殺人事件(スチュワーデス殺人事件)を推理小説に仕上げた大作。人名、地名は仮名だが、事件の真相の推理とともに、農地と雑木林の間に宅地が点在する、当時の杉並の様子も克明に描かれている。
『馬を売る女』は、相模湖畔で発見された繊維問屋社長の女性秘書の他殺体と、そばに落ちていた競馬新聞の切り抜きの関連性について迫っていく推理小説。深夜の首都高速、永福ランプ‐高井戸ランプ間の非常駐車帯での不審な車の目撃情報が事件解決の突破口となる。両作品ともテレビドラマ化もされ評判となった。松本清張さんの眼力で見た杉並を味わうことのできる両作品だ。