平成18年に改正された教育基本法に、「学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力」の規定が新設された。それによって、子育てを学校や家庭まかせにせず、地域に住む人たちも積極的に関わっていこうという風潮が世の中に広がってきている。杉並区も「共に学び共に支え共に創る杉並の教育」という教育ビジョンを掲げ、学校と地域との連携を後押ししている。
現在杉並区で活躍している、学校と地域とを結ぶ担い手を紹介していこう。2011年の東日本大震災で、人々の「絆」の大切さがあらためて見直された今、これらの方々のサポートは学校にとって欠かせないものであるとともに、まちづくりの推進力としても不可欠なものとなってきている。
近年、一人の子供にかかる教育費の増加は少子化の原因の一つと言われている。この現状を踏まえて、「NPO法人まちの塾フリービー」は中高生を対象に、営利目的でない無料の学習塾活動を行っている。経済格差が教育格差を生まないように、「すべての子供たちに教育を、地域の力で支えます」という合言葉のもとにスタート。講師は定年退職をした人々が主なメンバーとなっている。
代表の木村裕子さんは、「勉強が嫌いな子供はたくさんいます。でも、本当は勉強ができるようになりたいと思っているはずです。勉強ができれば学校へ行くのも楽しくなるに違いありません。そして自分に自信が持てます。昨日までは下を向いて学校に行っていた子供が、明日からは上を向いて学校へ行けるように、という願いを持ってこの活動を始めました」と言う。
ここでの学習で目立つのは、生徒が自主的に勉強に取り組む姿勢である。夜7時になると、地域のあちこちから子供たちがやってくる。先生方も自然と集まってきて、教室はやがて人で一杯になっていた。来た子供から順に自分の勉強を始める。何も持ってこない子供には先生が問題用紙を配るが、どんな勉強をしたら良いかは子供たちが自分で決めるようだ。高校の問題を解いている中学生もいれば、中学の復習問題をしている高校生もいる。わからない時は、子供たちの両親よりもはるかに年配の先生が優しく教えていた。
総務省統計局の人口推計によると平成25年に65歳以上の高齢者が全人口に占める割合は25%であった。今後、ますます高齢者が増える中で、若者の未来のために高齢者の力を活かそうという活動は、高齢者自身にも意義深いに違いない。
学校支援本部は、地域の人と一緒になって学校の教育活動を支援するために作られた組織である。杉並区では平成18年から数校に導入されはじめ、平成22年度末には全区立小中学校に設置されるに至った。メンバーは地域住民や元保護者、各校のPTAの協力で成り立っている。その活動内容は、これまで学校が行なってきた地域ボランティアとの連絡役を担うことが多い。例えば、国際理解のために、区内在住の外国人をゲストに招いて文化や習慣などを語ってもらったり、環境問題を学ぶためにグリーンカーテン作りを支援したり。これらの授業は、主に総合学習の時間を使って行なわれる。
浜田山小学校の支援本部がコーディネートした、6年生かけっこ教室を取材した。この日のゲストティーチャーは、日本女子体育大学の院生。支援本部長の関谷さんが、通院している接骨院で紹介してもらったという、まさに地域に密着した人選である。「他校の支援本部の活動は私どもと同じものもあるし異なるものもあります。すべての支援本部に共通していることは、地域とともに子どもたちを育てるという点ですよ」と関谷さん。年の近い先輩のようなゲストティーチャーに6年生たちはすぐに打ち解け、熱心な指導のもとグランドを元気に駆け抜けていた。このように、各学校の支援本部が架け橋となることで、地域ボランティアによる生き生きとした授業が杉並区の小中学生たちに届けられているのだ。
また、浜田山小学校の支援本部は、クリーンアップなど学校環境の整備、保護者会の際の児童の預かりなど、さまざまな学校サポートも行なっている。「私たち自身も楽しみながら、学校の役に立っていきたい」と抱負を語る関谷さん。今後ますます、支援本部の活躍の場が増えていきそうだ。
地域運営学校(コミュニティ・スクール)とは、学校運営協議会が設置された学校のことを言う。学校運営協議会の委員は、校長と校長推薦、学識経験者、公募委員を合わせた12名以内。校長が作成する学校運営の基本方針の承認を行ない、意見を述べるなど、学校運営への参画を行っている。地域運営学校のねらいは、この学校運営協議会を通じて、学校運営や教育活動に家庭・地域の意向が一層的確に反映され、地域に開かれ地域に支えられる学校づくりを進めることにある。文部科学省が促進している全国的な取り組みで、杉並区では平成17年に向陽中学校、杉森中学校、三谷小学校、桃井第四小学校の4校でスタートした。現在は小中合わせて19校が指定されている。
向陽中学校の学校運営協議会は、毎月の会議や広報活動のほか、毎年1回保護者と生徒に対して学校に関するアンケート調査を実施している。その結果をみると、同中学校の教育活動に対する保護者の満足度は、平成24年には78.7%と調査開始時の7年前に比べ26ポイントも肯定的な意見が増えている。アンケートで挙がった保護者からの要望を、運営協議会でくみ取り、学校側がそれに応える努力をしてきた結果であろう。例えば、アンケート結果を踏まえて昨年度から学校二期制を三期制に戻し、さらに来年度からは1学期の中間テストの導入も検討しているそうだ。「学校のことを真剣に考えてくれている方々の意見を尊重していきたい。地域の人材イコール財産です。その力を活かしていけばより良い学校づくりができるのではないでしょうか」と、眞渕校長先生。向陽中学校は、学校支援本部、KSCC(向陽スポーツ文化クラブ)とともに、いち早く取り入れた学校運営協議会の3体制を中心に教育活動を支えている。
このように、杉並区全域の小中学校では、地域との連携が進んでいる。
「父親だからこそできる学校貢献があります」と語るのは、おやじネットワーク杉並の代表である松崎さん。高井戸東小学校で2年間PTA会長を務め、その翌年、平成14年に同校のおやじの会を発足させた。松崎さんが校内で配ったプリントを見て集まった父親は約20名。最初に企画したのは、親子で学校に泊まるサマーキャンプである。「テントの張り方を覚えたり、非常食のアルファ米を使ってカレーを作るのは、有事の際の備えにもなりますよ」。高井戸東小のおやじの会は、この他にも運動会などの設営準備、地元祭りの屋台や子どもみこしの手伝いなど、父親ならではのパワーが必要とされる場面で毎年活躍をしている。
杉並区の小学校で、おやじの会があるのは20校以上。それぞれの会が任意で参加をしているのが、平成15年にスタートしたおやじネットワーク杉並だ。普段はメーリングリストでの情報交換が主な活動だが、年に数回全体会を開き、各校の活動報告や相談などを行なっている。また、同団体は「杉並紙ヒコーキ王決定戦」というイベントも毎年秋に開催している。8回目を迎える平成24年には15校がエントリーし、学校対抗で紙ヒコーキの飛距離を競い合った。童心にかえった父親たちと協力して勝負に挑んだ経験は、子どもたちにとって良い思い出となるだろう。
父親の育児参加の大切さが語られるようになって久しいが、学校教育の場でも同様のことが言えそうだ。母親主体のPTAとともにワイルドなおやじの会が力を貸していくことで、子どもたちの学校生活がより充実していくことだろう。