劇作家、唐十郎さんの、1979(昭和54)年に発刊された第1エッセイ集。「暇を見つけて書くタイプ、あとはろくなことをしていない。」と言う唐さんが新聞連載のため、毎週1回必死で書き下ろした。テレビのニュース、インベーダーゲーム、家庭内暴力、隣の空き家、金魚屋など、杉並区成田東でのなにげない日々の出来事から、唐流のストーリーが縦横無尽に展開していく。常に時代や世相を嗅ぎ取って創作活動を続ける唐さん。執筆当時の世の中の深層が、現在も臨場感をもって伝わってくる。
唐さんは、1962(昭和37)年に状況劇場を旗揚げし、紅テント(※1)による小劇場運動で衝撃的な劇世界を次々と創出。日本列島を縦断、世界進出と、演劇界に旋風を巻き起こした。成田東に自宅兼稽古場を建てたのは1974(昭和49)年の事。当時、戯曲ではすでに1970(昭和45)年に『少女仮面』で第15回岸田國士戯曲賞を受賞し、戯曲全集も刊行中で、新たに小説も手掛け始めていた。1983(昭和58)年に、『佐川君からの手紙』で第88回芥川賞を受賞する唐さん、本作品は戯曲から小説、エッセイと執筆業に総合的にチャレンジする契機となった。
おすすめポイント
唐さんは、生まれ育った台東区万年町で演劇活動を開始。西荻窪に転居して以降は、本天沼、南阿佐谷、そして成田東と移り住み、杉並と縁が深い。本書には、全国を席巻したとされる阿佐ケ谷駅ガード下の口裂け女伝説についての考察 や、阿佐谷の病院に講演を依頼され引き受けたが、泉鏡花の話から思わぬ方向に逸脱してしまったエピソード(※2)なども収録。「五年前居ついたこの町内が、依然としてトランプの町であり、騎士の逃げこんだ都であるという信念は変わらないのである。」成田東の町に、『不思議の国のアリス』の幻影を見る唐さんの姿が、おもわず目に浮かぶ作品だ。
※本書は現在、絶版となっている
※1 紅テント:1967(昭和42)年、新宿・花園神社での『腰巻お仙‐義理人情いろはにほへと篇‐』公演で芝居小屋として初登場。状況劇場は現在「唐組」と名称変更しているが、一貫して紅テントによる公演を続けている。テントでの公演は、佐藤信さんら「演劇センター68/71」の黒テント、「新宿梁山泊(しんじゅくりょうざんぱく)」の紫テントにも影響を与えた
※2 阿佐谷の病院の池と泉鏡花の小説に出てくる沼が交錯して生まれた唐さんのイメージの話。戯曲『沼』に反映されている