荻窪駅から徒歩10分ほど、中央図書館の近くに、児童文学の第一人者である石井桃子さんの旧宅がある。石井さんは著書『ノンちゃん雲に乗る』で第一回芸術選奨文部大臣賞を受賞し、2008(平成20)年に杉並名誉区民の称号が贈られている。1958(昭和33)年、自宅の一部を開放し、地域の子供たちが自由に本を楽しめるようにと、かつら文庫という名の私設の小さな図書室を開いた。エッセイストの阿川佐和子さんも、かつて兄妹で通っていたという。現在も、公益財団法人東京子ども図書館の分室として活動を続けており、大人の利用も可能だ。広報担当の吉田さんによると、「一人一人の子供と仲良くなるので、その子に合った本を紹介できます。」とのこと。子供たちに本の楽しさを教えてくれるスタッフの思いが伝わってくる。
2014(平成26)年には建物の改修を行い、子供文庫のほかに「マップのへや」や公開書庫、展示室を備えた新施設となった。申し込みをすれば全施設の見学が可能だ。
2階東棟にある「石井桃子さんのへや」では、書斎と居室が遺品とともに公開されている。吉田さんは、「石井さんは『ピーターラビット』の物語を訳す際、『クマのプーさん』の時にはなかった苦労を味わったようです。」と話す。原文を損なわずに独特の調子を出すこと、そのうえ原書と同じ形に収めるため、原書の英語の部分を手書きの日本語訳に置き換え、挿絵とのバランスをみるなど工夫を凝らしたらしい。その苦労がうかがえる手作りの本も見ることができる。
2階西棟の展示室には、アーディゾーニの作品が展示されている。アーディゾーニはイギリスの代表的な絵本作家・挿絵画家で、この作家に魅了された、こぐま社の創業者佐藤英和氏が、長年にわたり蒐集(しゅうしゅう)したコレクションを東京子ども図書館に寄贈したものである。石井さんはアーディゾーニの挿絵による『ムギと王さま』を訳している。今ほど欧米の文化が浸透していなかった日本で、読者は、アーディゾーニの絵がかもす異国の雰囲気を感じとったに違いない。
同じく西棟にある「マップのへや」には、日本各地の家庭文庫(※)や読み聞かせグループなどの資料がある。これらの情報を提供することで、子供の読書活動を支える人たちの力になっている。
※家庭文庫:個人が自宅を開放し、所有の本を貸し出す図書室
かつら文庫は2018年、開庫60年を迎える。「ご案内しますので、どうぞ皆さまおいでください。」と吉田さんは言う。子供のときに読んだあの物語は、時を経ても変わることなく残っている。大人になって読むと、子供時代とは違うものを感じるかもしれない。石井さんが荻窪の地に残してくれたかつら文庫に足を運び、読書の思い出に浸ってみてはいかがだろうか。
○子供の利用
開館日:第1-第4土曜(祝日、夏期・冬期の特別休館日を除く)
時間:14:00-17:00
○大人の利用
公開日:原則火曜・木曜(祝日を除く)
時間:13:00-16:00
※事前にご連絡ください(観覧料500円)
※2022年現在、開館日・公開日は不定期です。詳しくはHPをご覧になるかお問合せください。