直木賞作家の三浦しをんさんが描く、善福寺川緑地近くの古い洋館に暮らす4人の女性の物語。
登場する牧田母娘は、先祖が江戸時代からその地で農業を営んでいた生粋の杉並人。ひっそりした二人暮らしに、ひょんなことから娘の友人とその同僚が加わり、女4人のつかず離れずの共同生活が始まる。三浦さんは、ユーモアあふれる絶妙の語り口で、将来への漠然とした不安、あきらめ、苦い過去をかかえ、時折の非日常的出来事にドタバタする彼女たちの日々の営みを、善福寺川緑地の春から夏への移ろいを背景に綴っていく。そして、目に見えないけれどずっと古い洋館と女たちを見守ってきた者の存在が、リアルとファンタジーが混然一体となった世界を作りだし、余韻あふれるラストへ読者をいざなう。
「谷崎潤一郎メモリアル特別小説作品」と銘打たれ、女4人は『細雪』(※)の登場人物と同じ名を持っている。三浦さん流に文豪への崇敬を表明した作品でもある。
おすすめポイント
善福寺川緑地で花見を楽しみ、蚕糸の森公園に隣接する杉並第十小学校温水プールで夏のひと時を過ごす登場人物たち。物語の導入部分では、ささやかな杉並区論も披露され、杉並づくしの舞台設定が杉並区民の心をくすぐる魅力的な作品になっている。物語の途中で意表をつく語り手が割り込んでくる構成も印象的で、それが何かは、洋館と女たちを見守る者の正体と合わせて読んでのお楽しみだ。読後は、スイカがたわわに実る家庭菜園のある洋館を探して、善福寺川緑地界隈を散策したい気分になるかもしれない。
※『細雪』(ささめゆき):谷崎潤一郎の長編小説。戦前の大阪船場(せんば)の旧家を舞台に、4姉妹の日常生活を描いた作品