西照寺(さいしょうじ)は、島崎藤村の寄宿先とも伝わる芝白金町(現港区白金)にあった境内が、道路整備で分断されることとなり、1911(明治44)年、杉並村高円寺(現杉並区高円寺南)へ移転した。
境内には樹齢の長い立派な木々が茂り、緑深く、保護樹林に指定されている松や桜もある。また、季節ごとに梅、ボタン、オオムラサキツツジ、ヤマブキ、ガクアジサイなどの花々が彩りを添え、参拝者の目を楽しませている。
21世の現住職夫妻は「境内は散策自由なので、四季の花を写真に収めたり、落ち葉やどんぐりを拾ったり、雪が降れば雪だるまを作ったりと、それぞれに楽しんでほしい」と言い、杉並移転時の17世住職から受け継いだ自然と触れ合える境内地を大切に守っている。
毎年大晦日の23時半過ぎに再開門され、一般の参拝者も除夜の鐘をつくことができる。鐘の回数は108にこだわらず、希望者全員つくことが可能。なお、引き続き感染対策として、鐘つき前の手指消毒を実施。甘酒の振る舞いは中止。
※1 妙覚道了和尚(みょうがくどうりょうおしょう):小田原の大雄山最乗寺(だいゆうざんさいじょうじ)を開いた了庵慧明(りょうあんえみょう)禅師の弟子。天狗に身を変じたとされる。道了薩埵(さった)とも称される
※2 江戸西方三十三観音:江戸時代に組織された、江戸西方33ケ寺(現港区・渋谷区)の観音を参詣する札所(巡礼者が参詣のしるしに札を納めたり受け取ったりする所)
※3 不空羂索観音(ふくうけんじゃくかんのん):観音の変化身。羂索とは漁猟の道具で、この観音が大悲の羂索により一切の衆生(しゅじょう)を救済することを意味する