明け方の若者たち

著:カツセマサヒコ(幻冬舎)

SNSにリアルな恋愛妄想ツイートを投稿し若者の支持を集めた人気ウェブライター、カツセマサヒコさんのデビュー小説。2010年代の明大前、下北沢、高円寺を舞台に、主人公の「僕」が大学生から新社会人になる5年間を繊細に描いた、カツセワールドの集大成ともいえる作品だ。
「勝ち組」と思っていたはずが、むなしさを感じた明大前の飲み会。同じく違和感をもっていた彼女に出会い、たちまち魅了される。雨の下北沢で明かした夜や、フジロック(※)に対抗するために旅をした7月の終わり。世界が彼女で満たされる一方で、社会人になった僕は、夢見ていた未来とは異なる現実に打ちのめされていく。希望していなかった部署への配属。息の詰まる満員電車。そして彼女との結末。何者かになりたくて、でも何者にもなれていない「こんなハズじゃなかった」若者の日々が生々しく描かれる。
実在する場所や音楽などがストーリーに登場し、当時の空気や情景を思い起こさせてくれるのも本書の特徴の一つ。2021年12月に公開の映画では、彼女と初めて語り合った区立玉川上水公園など区内のスポットでもロケが行われた。

▼関連情報
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大きなクジラの遊具が印象的な玉川上水公園

大きなクジラの遊具が印象的な玉川上水公園

著者インタビュー

生まれが杉並区で、幼少期の頃から善福寺川沿いの公園によく連れられていた記憶があります。大学も明治大学だったので、和泉キャンパスには実家から自転車で通っていました。23歳で初めて実家を出て、一人暮らしに選んだ先も、やはり同じ杉並区の荻窪。高円寺や阿佐谷に友人ができると、日々勤め先の愚痴を言いながら朝まで飲んで過ごしました。活気はあるのに、うるさくはない。どこか落ち着いた雰囲気がある街の空気を忘れたくなくて、この物語を書きました。

おすすめポイント

僕と同僚の尚人が住む高円寺。「大企業の名刺も肩書きも役に立たないこの街は、会社の歯車になることを恐れる僕らが憧れるには、十分すぎる魅力を持っていた」と主人公は語っている。彼らが悶々(もんもん)とした日々を過ごすなかで、答えの出ない議論が巻き起こるたびに向かったのは高円寺を代表する飲み屋、焼き鳥大衆酒場「大将」。高円寺内に3店舗あるが、主人公たちの行きつけは南口駅前にある本店だ。まだ明るいうちからサラリーマンやフリーター風の若者、おじいちゃんや持ち帰りをする主婦など、さまざまな客層でにぎわっており、没個性化することにあらがいたい彼らにとってうってつけの店。映画でも「この街で無責任な自由を貪(むさぼ)るように生きていく」彼らの姿が見られそうだ。

※フジロック:例年夏に新潟県湯沢町で開催される日本最大規模の野外音楽イベント。フジロックフェスティバルの略称

焼き場から煙と香りが立ち込める「大将」本店。夕暮れ時から店先がにぎわっているのは高円寺らしい光景

焼き場から煙と香りが立ち込める「大将」本店。夕暮れ時から店先がにぎわっているのは高円寺らしい光景

DATA

  • 取材:宮本早苗
  • 撮影:宮本早苗
  • 掲載日:2021年09月13日