杉並の各地で生まれた地域・家庭文庫は「優れた本を地域の子どもたちに出合わせ、楽しませるための文化活動」としてスタート。当時は区立図書館も少なく、本を分かち合う場として多くの利用者があったという。
現在も各地域・家庭文庫が工夫を凝らしながら、本の貸し出しをはじめ、季節のお楽しみ会、人形劇、紙芝居の実施など多彩な活動を行っている。
地域・家庭文庫の一番の特色は、区立図書館に比べ人と人との距離が近いこと。家庭的な雰囲気の中で、くつろいで本に親しみ、時には新たな友人をつくることもできる。また、子どもだけでなく親にとっても忙しい毎日の中でほっと一息つける癒やしの空間となっているようだ。季節に合わせたお薦めの選書を棚に飾ったり、絵本にちなんだ工作をしたり、特色ある場づくりもされている。
区立図書館と連携した活動として、地域・家庭文庫のチラシを置いてもらうことはもちろん、図書の貸与を受けたり、図書館で「お話し会」を実施したりと交流も盛んだ。区立図書館と地域・家庭文庫は「優れた本を子どもに」という共通の目的を持つ車の両輪のように活動している。
下井草の閑静な住宅地に「子どもの本の家ちゅうりっぷ」がある。主宰の神保和子さんは石井桃子さんの「かつら文庫」の活動に憧れ、1989(平成元)年に香港で「プレイルームどんぐり(絵本とわらべうたの会)」を立ち上げ、1994(平成6)年からは井草で「ポプラ文庫」(※コラム8参照)を主宰。その後、「シンガポール・ポプラ文庫」の活動を経て、2016(平成28)年より下井草の自宅を開放して活動を始めた。
神保さんが大切にしているのは、「子どもにとってもお年寄りにとっても第三の居場所でありたい」という思いだ。自宅に保有する蔵書は4,000冊ほど。赤ちゃん向けから大人向けのものまで幅広いラインアップは圧巻で、利用者は心の赴くままに気になった本を手に取ることができる。
「活動の根底には、家庭状況に関わらず、全ての子どもに本と触れ合える機会を与えたいという思いがあります」と神保さん。利用者も「小さい子どもと一緒でも安心して過ごせる場所はとても貴重です。いつでも温かい笑顔で迎えてもらい、ここには幸福な記憶しかない」と話す。図書館司書を指導する職にもあった神保さんによる選書は、テーマに合わせて一般の人にはなかなか探せない本もあり、まるで本のセレクトショップ。幼少期から思春期まで、あるいは子育てが終わっても何年も通う人が多いというのもうなずける。
【DATA】
住所:杉並区下井草2-23-12
メール:tuliplibrary@gmail.com
開館日時:土曜(月2回)、水曜(月1回) 10:00-16-00
公式ホームページ:https://tulip2.webnode.jp/
本の選定で大切にしていることは、「人のよろこびをわがよろこびとし、人の悲しみをわが悲しみとする」ことが伝わるような本と、「“しあわせ”とは何か」を伝えてくれるような本。「絵本との出合いを通じて他者を思いやる気持ちを知り、豊かな心を持ってほしい。そしてさまざまな幸せの形を知ることで、強い心を育ててほしいんです」と小宮さんは話す。そのためにまずは足元から、と地域に根差した地域・家庭文庫を20年近く続けている。訪れる人の中には「このあの文庫」との出合いをきっかけに地域・家庭文庫を始めた人もいるそうだ。
【DATA】
住所:杉並区本天沼1丁目(阿佐ケ谷駅から徒歩10~13分)
メール:konoano_bunko@yahoo.co.jp
開館日時:毎週土曜 14:00-17:00(春・夏・冬休みなどを除く)
ホームページ:https://konoano.tumblr.com/
区内には、「子どもの本の家ちゅうりっぷ」「このあの文庫」のほか、以下の地域・家庭文庫がある。
・ジルベルト文庫
・ちいさいおうち文庫
・バンビぶんこ
・ポケット文庫
・ポプラ文庫
今回話を伺った2カ所の文庫主宰者は、いずれも地域コミュニティーとしての地域・家庭文庫の重要性と、区立図書館との連携の必要性を説いていた。杉並区も2020(令和2)年に区立中央図書館の改修が完了するなどハード面で読書推進活動の充実が進み、「すぎなみ 文庫のあゆみ 2005~2017」によると、本と触れ合う環境は昔に比べても整ってきているという。
そのような状況の中でも、地域・家庭文庫は引き続き地域に密着し、主宰者によるきめ細やかな支援が可能な点において、区立図書館とは異なった役割を担うことができる。オンラインで大量の情報が手に入るようになった現代では、本を借りるという目的以上に、気軽に集える場としての役割が貴重なものになってくるだろう。
気になる地域・家庭文庫を見つけたら、ぜひ一度、訪れてみてはいかがだろうか。新たな本と、そして人との出会いが待っているはずだ。
杉並文庫・サークル連絡会創立40周年記念冊子「すぎなみ 文庫のあゆみ 2005~2017」「すぎなみ文庫のあゆみ」編集委員会(杉並区立中央図書館)
『子どもと本』松岡享子(岩波書店)