ピアノ・サンド

著:平田俊子(講談社)

なんだろう、この読み終えた後に感じた不思議な戸惑いは?
詩人で野間文芸新人賞作家の平田俊子さんが書く2編の物語。どちらも中年の女性が主人公である。
表題の「ピアノ・サンド」のヒロインは、離婚後も夫婦で使っていたベッドやテーブルに囲まれ、一人、マンションで平凡に暮らしている。ある日、知人から「100年前のピアノを預からないか」という話が舞い込み、彼女はピアノのある新しい生活を求めて動き出す。
もう1編の「ブラック・ジャム」は、幼少期の母親とのわだかまりにより、心と体に傷を負った独身女性がヒロイン。突如意識不明に陥った母親を見舞うため、数十年ぶりに戻った故郷で過去に向き合うこととなる。
作家の角田光代さんは巻末の解説で、「これらの小説は、人を癒すことをかたくなに拒絶するかのようである」と評している。100年前のピアノと、眠ったままの母親が、ヒロインたちに何をもたらすのか見届けてほしい。

おすすめポイント

本書には2編の物語のほか、「方南町の空 かなり長めの「あとがき」」も収録。平田さんが杉並区の方南町で暮らすようになった経緯と共に、2003(平成15)年ごろの街の様子が描かれている。方南町に住んでいると伝えると「相手の視線が一瞬泳ぐ」という感想や、駅前の環状7号線と方南通りの交差点について「怒ったように車が走り抜けていく」という表現など、詩人ならではのユニークな描写があって面白い。
「ピアノ・サンド」のヒロインが恋人と食べる菜の花サンドが、平田さんお気に入りの方南町駅近くのパン屋の商品であることも「あとがき」で明かされている。それを知ってから同作を読み返すと、大きな街まで地下鉄で5駅という物語の舞台が、方南町の雰囲気によく似ていると感じられる。

商店街の入り口にパン屋と文房具屋があることも「あとがき」に書かれている

商店街の入り口にパン屋と文房具屋があることも「あとがき」に書かれている

DATA

  • 取材:西永福丸
  • 撮影:西永福丸
  • 掲載日:2023年09月25日