益子淳さん

工房は西荻・とあるアパートの一室

「ひょっこりひょうたん島」や「新八犬伝」など、伝説のテレビ人形劇を記憶している人たちは多いだろう。今でも子どもたちは、人形が躍動する実演を目にすると瞳を輝かせ夢中になる。
長野県飯田市では、毎年8月に日本最大級の人形劇の祭典(現・いいだ人形劇フェスタ)が昭和54年から続いており、平成25年は、上演劇団だけで270組(うち海外組14組)、観劇組も含めるとプロ・アマ376組もの人形劇団が参加した。人形劇の魅力は、精密で繊細な人形の動きや多彩な表情が欠かせない。では、人形は誰が作っているのか?
JR中央線・西荻窪駅から通称「トトロの樹」として地域の人たちから愛されている大ケヤキに向かって歩くと閑静な住宅街に入る。その一角の善福寺川近く、何の変哲もないアパートの一室に、数多くの人形劇団から厚い信頼を得ている人形作家・益子淳さんの工房がある。
少し広めのワンルームのあちこちに、作りかけの人形や型・図案が点在し、数多くの工具が壁に整理され、住まいとは明らかに違うクリエイティブな空気感が室内を包み込んでいた。

芝居好きが高じて、いつしか人形劇の虜に

「きっかけは、浪人していた頃に辻村ジュサブロー(現・寿三郎)さんの人形劇を生で見たことですかね。」
照れながら人形との出会いを語り始めた益子さん。高校卒業間近になって、寺山修司や唐十郎などの演劇に入り浸り、いつしか芝居の仕事に就く夢を描き始めたが、同時に「芝居でオレが食えるのか?」という悩みも生まれた。
バイト代を全て演劇につぎ込む中、会場で手にした1枚のチラシに写る人形に釘付けになる。それが、テレビ人形劇「新八犬伝」の人形制作で、多くの人に知られるようになった辻村ジュサブローの作品だったことに胸を衝かれた。
「世界観がテレビとも芝居ともまるで違う。耽美的で退廃的…人形ってこんなことが出来るんだ!」
すぐに辻村氏の人形劇に足を運んだ。パンフレットには、張り子人形の作り方まで載っていたため挑戦したところ、出来映えの良さに自ら驚いたという。
「なぜこんなものを僕が作れるのかという謎から、完全に人形劇の虜になっていきました。」

人形劇の人形は“未完成?”

志望大学の合格さえ捨て、若手育成に力を入れていた人形劇団で基礎を学ぶことを選んだ益子さん。人形制作と公演を繰り返しながら、最も優れた自分の表現を模索するうちに、頭に描いた自分のイメージが、作った人形自体で完結していることに気付く。益子さんは人形の使い手から、次第に人形作りそのものに心を奪われていった。
「人形劇の人形作りは、芝居で人間が演じている役者を自分の手でデザインすると言うこと。ただ、動かない状態でいくら良くできていても、ちゃんと動いてくれないと、人形劇の表現としては成り立たない。人形のキャラクターを完成させると、使い手は、そのキャラの中でしか演技できず、冴えがなくなり、芝居が全然つまらなくなるんです。だから、僕が作る人形は“未完成”を目指しています。使い手がいなければ“何これ?”って感じなんですが、動くことで魅力や想像力が膨れあがっていくというのが理想。でもこれが一番難しい。」
益子さんは片隅の人形を手に取り、少しだけ目玉を動かした。途端、人形に表情が浮かび上がったことに、取材スタッフからも思わず笑みがこぼれた。

渡辺工房時代(制作中の人形と共に 昭和62年頃)

渡辺工房時代(制作中の人形と共に 昭和62年頃)

創作の原動力は、西荻窪のカオス

「西荻窪には、下町と山手が一緒になった、良い意味でゴチャッとした感じがある。平日の昼間、僕みたいに何をしているのか分からない大人が私服でフラフラ歩いていても、周りも自分も全然気にならない。気楽なんです。古道具屋や古着屋、小さくて何をやっているのかよく分からないけどずっと続いている店があったり。洗練されてはいないけど、ちょっと洒落ている。“プロが作ったんじゃないけど、これいいなあ”と思わせるような素朴さに刺激を受け、こっちも“モノを作ろう!”という気持ちが湧き出ますね。」
人形作家・益子淳さんの仕事は、「作る」でもなければ「創る」でもない。「生み出す」という言葉がふさわしい。
彼の工房で命を吹き込まれた人形たちは、使い手によって息づき躍動を始め、人形劇と共に育ち続ける。

益子淳 プロフィール
人形作家、1961年、群馬県生まれ
平成2年から西荻窪に人形製作工房を構える。
プーク人形劇アカデミー卒業後、舞台特殊美術の渡辺工房等で技術を学びながら人形製作活動に入る。第1~3回人形達展入選。NHK「おかあさんといっしょ」「すくすく赤ちゃん」等の人形、小道具製作。
腹話術師・いっこく堂の人形、小道具製作。
現在は、人形美術の仕事と並行して人形劇団パンタルカで自ら上演活動も行う。

左上:いっこく堂さんの腹話術人形<br>右上:いっこく堂さんと益子さん <br>下:わずかな目の動きで表情が変わるフクロウ人形

左上:いっこく堂さんの腹話術人形
右上:いっこく堂さんと益子さん
下:わずかな目の動きで表情が変わるフクロウ人形

DATA

  • 最寄駅: 西荻窪(JR中央線/総武線) 
  • 公式ホームページ(外部リンク):http://www.ab.auone-net.jp/~pantaru/newpage3.html
  • 取材:DON(区民ライター講座実習記事)
  • 掲載日:2013年10月15日
  • 情報更新日:2016年04月08日