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豆腐屋

「豊嶋屋」

豆腐の歴史は古く、約二千年前の中国で考え出されたものと言われている。日本には、奈良時代に遣唐使により仏教とともに伝来し、精進料理としてその栄養価が重宝されるようになった。当初は非常にぜいたく品で庶民は特別な日にしか口にすることはできなかったようだが、江戸時代中期から一般に広まり始め、明治・昭和と身近な食品として庶民に愛されてきた。今や、健康食品として脚光を浴び、自然食品として大人気の豆腐は、日本はもとより世界中で食べられている。このように需要が増えている豆腐であるが、一方で町の豆腐店は減っている。杉並区でも後継者がいない等の理由で廃業する店が相次いでいる。
阿佐谷の地で手作り豆腐を作って80年、「豊嶋屋」(※1)二代目店主、稲垣健造さんに豆腐店について伺った。

旧中杉通りにある「豊嶋屋」豆腐店。昭和11年先代が阿佐谷の地で手作り豆腐店を創業。今は、夫人と三代目となる息子さんの親子三人でおいしい豆腐作りに励んでいる。「先代の父は太平洋戦争で戦死し、母が一人で豆腐店を守った。」という。稲垣さんは昭和31年学校を卒業すると同時に家業を引き継いだ。「これからの時代は機械化が必要だ」と、当時はまだ高価で珍しかった石油ボイラーの窯を導入。しかし、なかなか思うように豆腐ができなかった。半年位は失敗の連続で行き詰まってしまい、藁にもすがる想いで先輩を訪ねた。煮炊き温度やにがりの量など親身になって教えてもらい、お陰で、今日の「豊嶋屋」豆腐店は存在する。稲垣さんは現在、東京都豆腐組合の杉並区支部長という立場。町の豆腐店を少しでも残すために次の世代に自分の経験などを語り繋いでいきたいと話す。

豊嶋屋

豊嶋屋

手作りは風味が違う

豆腐作りはまず原料の大豆を水につける。水を吸って膨れた大豆をすりつぶし、それを煮た後で濾す。この時に出来るのが「豆乳」、それに凝固剤(にがり)を加えて固めれば豆腐の完成である。ちなみに「豆乳」を絞った後の残りかすが「おから」である。
豊嶋屋は手作りにこだわっている。原料の大豆は良質の国産と輸入産をブレンドして使用し、凝固剤には海水にがりを使っている。大豆の煮沸から豆乳とおからの分離までは今は機械がやってくれるが、そのほかの行程は昔ながらの手作業である。大豆の種類、煮沸温度、にがりの量、そしてその日の天候や気温などによって出来上がりや味が微妙に変化する。これこそ「手作りの醍醐味」だ。すべてが指先の感覚と経験がモノを言う。大型機械で大量に製造する豆腐とは風味が違う。

[きぬごし豆腐] 豆乳ににがりを入れ、そのまま自然と固まってくるのを待ち、型枠に入れ、水で冷却する。
[もめん豆腐] 途中で穴のあいた箱に重石をいれ圧搾して作る。
[油揚げ] 油揚げ用に生地を作り、菜種油で低温と高温で二度揚げる。
[厚揚げ] 豆腐を厚めに切り高温で一気に揚げて作る。

これらをすべて手作業で行う。油揚げは煮沸した大豆の上澄みの熱湯を手で掻き出して生地作りを行う。この作業は熱くて大変で、夏場が一番辛い。豆腐や油揚げの作る量は日によって違うが、注文の多いときは豆腐で120丁ぐらい作るので、この手作業を二度三度繰り返す。

これからの豆腐店

杉並区内では廃業する豆腐店が多い。豆腐屋の仕事は朝早く、きつい。早朝4時頃から大豆の仕込みに始まり煮沸、凝固、成形、冷却など楽ではない。仕事の工程は中腰姿勢が多く、みんな腰痛になってしまう。若い人でもしんどい仕事であり、高齢化すれば限界がある。親が高齢化しても家業を継ぎたいという人が少ない。
 「これから、町の豆腐店が生き残っていくためには、ソフトハードの両面で創意工夫が必要だ」と稲垣さんは言う。まず後継の人材を育てること。過酷な労働条件の改善、新しい豆腐加工品、豆腐料理のメニューの考案など。機械化・省力化の推進、学校や会社などの安定した購入先の確保、組合で取り組んでいる大豆などの原料の共同仕入れの一層の推進・助成など。
取材の途中、近所の小さい子ども連れのお母さんが店に来た。「油揚げ下さい」と子どもが注文。油揚げは、ちょうど売れ切れてしまったところだった。「ごめんね!もうすぐ作るから少し待っててね」と、しばしお母さんと子育てやら何やら世間話。時にお客さんの悩みの相談相手にもなることもあるそうだ。
店主の稲垣さんは「地元のみなさんには、ぜひ町の豆腐屋で手作りの豆腐を買ってもらえるよう、これからも努力したい」と力強く語った。最後に「今、友人と研究している新しい加工食品がある。まだ試作中で企業秘密なので記事にしないでね」と、屈託のない笑顔で締めくくった。

◇豊嶋屋豆腐店 杉並区阿佐谷北3-1-18
※豊嶋屋は2024(令和6)年3月に閉店

DATA

  • 住所:杉並区阿佐谷北3-1-18
  • 最寄駅: 阿佐ケ谷(JR中央線/総武線) 
  • 出典・参考文献:

    日本豆腐協会ホームページ

  • 取材:臼井 勇(区民ライター講座実習記事)
  • 掲載日:2013年10月28日
  • 情報更新日:2024年04月10日