instagram

禅野靖司さん

やりたい!という熱意

禅野さんがニューヨークで建築史の研究をしていた時、オーストリアのお菓子の輸入卸売りをしている友人がいた。面白そうなので手伝わせてもらっているうちに、ずば抜けて素晴らしいチョコレートに出会う。ゾッター社のチョコレートだ。フェアトレード(※1)でオーガニック。味もおいしく、ビジュアル的にもアピールがある。やがて仕事の関係で帰国することになった禅野さんは、そのチョコレートを日本にも広めることを思い立った。

まず、禅野さんはウィーンまで創業者のヨーゼフ・ゾッター氏に直接会いに行き、日本での輸入販売を手掛けたいとお願いした。はじめは断られたそうだ。それでもあきらめず、「こんなに素晴らしいチョコレートは世の中にありません。これは絶対みんなに喜ばれます。是非やりたいのです。」と食い下がった。すると、ゾッター氏は「そんなに言うのであれば、やってごらんなさい。」とその場で独占輸入権をくれたのである。
この輸入権、それまで日本の商社や数々の輸入業者が問い合わせても得ることができなかったものなのだ。

禅野靖司さん(photo by Kenpo)

禅野靖司さん(photo by Kenpo)

ゾッター専門店もあるウィーンの青空市場

ゾッター専門店もあるウィーンの青空市場

環境に対するフェア

ゾッター社では毎年10種類以上の新フレーバーが発表される。イチゴのようなメジャーな素材だけでなく、例えばベーコンのようなユニークな素材を使用したチョコレートまで誕生することもある。ゾッター氏はクリエイティブで、常に新しいものに興味がある人なのだそうだ。
そんな彼はオーガニックとフェアトレードを切り離せないものだと考えている。その理由を禅野さんは次のように話してくれた。「公正な価格で買い取るというのは労働対価の問題です。ゾッター氏が考えるフェアというのは、大げさに言うと地球環境に対する、そこまで言わなくても、生産者たちが暮らす環境に対してフェアかということです。農薬の使用によって一時的に生産量が上がり、害虫の害を防げるかもしれない。しかし、それで土地が疲弊して10年後にはその農地が使えなくなる、井戸水に農薬が混ざってしまうというような事が生じたとする。それでは、そこで暮らしている人たちの環境や健康、そして次世代に対してフェアでないと考えるのです。」
ゾッター氏は今のように電気自動車が話題になる以前から、いち早く注目しこだわりを持ったそうだ。ゾッター社の工場も美しい自然環境の中にあり、エコロジー意識が徹底されている。

写真上:創業者ヨーゼフ・ゾッター氏(Zotter社提供)<br>写真下:ゾッター本社工場

写真上:創業者ヨーゼフ・ゾッター氏(Zotter社提供)
写真下:ゾッター本社工場

良い流れが今はある

禅野さんは2007年から日本でゾッターチョコレートの販売を始めた。「最初は売っている場所も少なく、誰も知らなかった。徐々にお声がけいただくようになり、扱う店が増え、より多くの方々に手に取ってもらえるようになってきたかなと思います。」現在では食品のセレクトショップのほか、百貨店での取り扱いもある。大手のインテリア雑貨店や自然派コスメショップ、またワインショップでも販売されるようになったそうだ。
日本の消費者のフェアトレードへの意識も変化してきたのだろうか? 「まだまだこれからですが、輸入を始めた頃に比べると意識は高まっていると思います。7年前は店頭で『フェアトレードのチョコレートですよ。』と言っても、『フェアトレードって何ですか?』と聞かれました。今は『そうなんだ!』と納得される方が多いのです。フェアトレードの商品も増えてきましたし、いろいろな大学で“まちチョコ(※2)”のような取り組みも生まれました。経済学部のゼミで先生がテーマとして取り上げて、学生が消費者として製品を選んだり、卒業してからフェアトレード関連の組織や企業に就職することもあるようです。良い流れが今はあります。」

ゾッター・ラブーコシングルビーンズバー(photo by Yoshiro Suzuki)

ゾッター・ラブーコシングルビーンズバー(photo by Yoshiro Suzuki)

コミュニティの育てる力

杉並区民のフェアトレードへの関心について、どのように感じているか聞いてみた。
杉並が特にフェアトレードの意識が高いかというと、東京の他のエリアと較べて際立って高いとは思わないそうだ。ただ、自分の事だけでなくコミュニティや社会全体に関する意識が高い人が多いところだと感じているとのこと。「作っている人たちや彼らの生活コミュニティのことまで考えるフェアトレードは、そのような杉並住人には受け入れられるのではないか。」と話してくれた。
禅野さんがもう一つ感じていることがある。「特に西荻がそうですが、自分で輸入したり販売して良いものを広めていこうという人がいて、それにファンやサポーターが付くのが杉並の特徴なのかと思います。」今やフェアトレードも大企業が販売を始めている時代だ。でも、スーパーの棚に並んでいただけでは手に取らないかもしれない。「杉並感覚というか、『大企業もいいけど、顔なじみのあの人が一生懸命やっているんだ、ためしに一つ買おうかな。』と思うのは、コミュニティの力だと思います。それが杉並力ではないでしょうか。コミュニティの力がある街でこそ、フェアトレードはもっと伸びていくのではないかと思います。」そして、いずれは杉並をフェアトレードタウン(※3)にしたい、という夢もあるそうだ。

わたしたちにできること

禅野さんは都内の他の区やアメリカで生活した経験がある。杉並区では非常に独特な、ある意味「昭和の東京」の良い暮らしが保たれていると感じるそうだ。「以前から住んでいる人たちが暮らしの質を保ちながら歳を重ねていっていらっしゃる一方、若い人たちやよそから来た人もその良さを引き継いで、自分たちなりに解釈したり、再発見したり、創造したりしている。そういうところが好きなんです。西荻はその良い例ですね。それこそが杉並の強いところだと思います。そういう暮らしの中で自然にフェアトレードが実現していってくれたらと思います。」
今はグローバル時代と言われている。日常生活が原油価格などグローバル経済や政治からの影響を避けられない一方で、人間関係も含めてローカルの暮らしを充実させていく事が重要、そうしたグローカルな意識がより良い世界に繋がるとも話してくれた。
わたしたちにもできることがありそうだ。

写真提供:Zotter、禅野靖司

(※1)フェアトレード
開発途上国の原料や製品を適正な価格で継続的に購入する「貿易のしくみ」。生産者や労働者の生活環境改善と自立を目指ざす。

(※2)まちチョコ
大学生がオリジナルパッケージで包んだフェアトレードチョコレート。キャンパスがある地域の一般市民・学校からパッケージデザインを募集し、チョコレートは協力してくれる店に置いてもらう。フェアトレードをより身近に、より多くの人に知ってもらうことを目的としている。

(※3)フェアトレードタウン
現在世界23カ国で行われている、行政、企業・商店、市民団体などが一体となってフェアトレードの輪を広げることを目指す「フェアトレードタウン運動」という活動があり、認定団体の定める基準を満たす事で「フェアトレードタウン」と認定される。国内では熊本市が2011年にアジア初、世界で1000番目のフェアトレードタウンに認定された。名古屋でも、自分たちの街をフェアトレードタウンにしようという運動が展開中。いずれ杉並区も!

禅野靖司 プロフィール
1960年、東京生まれ。建築史家 青山学院女子短期大学非常勤講師 SCI-Arcジャパンプログラム講師
国際基督教大学卒業後、オハイオ州立大学、カリフォルニア大学ロサンゼルス校において言語学を研究。その後ニューヨークに移り、コロンビア大学建築スクールで近代建築史を専攻。2007年帰国、以後は杉並区西荻窪に在住。2008年、株式会社アイツィンガー・ジャパン設立。
著書に『輝ける闇の都市 ロサンゼルス』『ニューヨークエスニックフード記』(NTT出版)など、がある。『東京カフェ散歩 観光と日常』(川口葉子著、祥伝社)、『西荻観光手帖』(西荻窪商店会連合会)にも寄稿。

ニカラグアの提携カカオ農園にて(Zotter社提供)

ニカラグアの提携カカオ農園にて(Zotter社提供)

DATA

  • 最寄駅: 西荻窪(JR中央線/総武線) 
  • 取材:こなみ
  • 掲載日:2014年02月03日