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石崎依子さん

運命の出会い

もともと編み物やパッチワークが好きだった石崎依子(やすこ)さんは、特に白一色で模様を浮き立たせる刺繍が好みだった。20年ほど前、外国の手芸雑誌で美しいレースの作品を見つける。ところがそれはパーチメントクラフト(※)といい、「紙」で作ったものだった。紙でこれほど繊細なものが作れるのかと衝撃を受けた石崎さんは、「是非やってみたくて、カルチャー教室などあちこちに問い合わせました。でも、教えてくれる所はどこにも無くて、ヨーロッパにしかないのだとあきらめるしかありませんでした。」
そして数年が経った2000年。国内の雑誌を見ていた石崎さんの目が、小さな写真に釘付けになった。まさしくあのパーチメントクラフト。しかも作者は日本人。「『これだ!』と思いました。すぐ出版社に問い合わせて作者にお電話したんです。教えてくださいと。そして、翌日からレッスンに通い始めました」。ようやく日本でもパーチメントクラフトが広がり始めていたのだ。

※パーチメントは羊皮紙のこと。中世ヨーロッパで、エンボス(浮き彫り加工)などをほどこすパーチメントクラフトが発達した。現在はトレーシングペーパーのような専用紙を使い、エンボス、穴あけ、ペイントなどをして繊細な模様を作るクラフトを指す。メッセージカードやしおり、壁飾りやウェルカムボードなど、多種多様な使い方ができる。下地の色が透けて見えるので台紙によって雰囲気がガラリと変わるのも魅力。

石崎依子さん

石崎依子さん

集中する時間が心を癒やしていく

いざ始めてみると、作業は予想したよりも難しかった。たとえばエンボス加工は、力を入れすぎると表面がボコボコになってしまう。こすることによって紙が微妙に伸びて変形するからだ。石崎さんは最初に手がけた作品を「ほら、こんなに下手でしたのよ」と触らせてくれた。生徒さんにもよく見せるという。未熟な頃の作品を人に見せることは、講師として勇気がいるだろう。しかし、恥ずかしさより、「私もここから始めたのだから大丈夫よ。」と励ましたい気持ちの方が強いのだそうだ。
パーチメントクラフトの醍醐味に、穴あけとカッティングがある。専用の針を使ってミリ単位で穴をあけ、穴の間をハサミでカットして透かし模様にしていく。「この小さな模様1つでも8回カットします。作品全体では何回になるやら。気が遠くなりますでしょ」と笑いながら、石崎さんは作品を愛おしそうに見つめた。大変な時間と労力がかかるけれど、大変だからこそできあがった時の喜びは大きくて、また作りたくなってしまうのだという。「作業そのものは単純ですけれど、単純だからこそ無心になれます。没頭することで、現実とは異なる世界に入れる。心が癒やされるのです。」

心を表現する

パーチメントクラフトのデザインは、技術を生かす基本形はあるものの、組み合わせや表現は自由だ。石崎さん自身は、胸にあふれてくるものを表現してみて、幼いころの記憶や注がれてきた愛情を再現していることに気づいたそうだ。たとえばこの作品の竹の色は、石崎さんの亡き母親が持っていた大正時代の振袖からインスピレーションを得ている。
細かい技法が必要なのは確かだが、テクニックをひけらかした作品では心が伝わらない。単に繊細さを競うのではなく、音楽や記憶がよみがえってくるような作品づくりをしたいと石崎さんは意欲的だ。「そうやって自分の想いを表現できたときの快感を、生徒さんにも感じていただきたいです。」

今後の発展のために

パーチメントクラフトが日本に入ってきてまだ20年(2014年現在)。多くの人に楽しんでもらいたいと、石崎さんはレッスンスタジオを立ち上げた。「正確な技術が基本となりますので、きっちりお教えいたします。」と、少人数制をとっている。
また、まずはパーチメントクラフトというものを知ってもらおうと、西荻窪にアンテナショップ「ヴィヴィエンヌ」をオープンした。アンティークな雰囲気の店内には自身や愛弟子たちの作品が並ぶ。2014年7月7日までの期間限定で、閉店後はギャラリーショップとしてレッスンスタジオ内に場所を移す予定とのこと。展示会に出展した作品など力作も多い。要予約だが、ぜひ実際に見てほしい。
▼ヴィヴィエンヌ

取材を終えて
今はなんでも簡単に手に入る。時代には逆行するが、手間と時間をかけてできる「世界に1つだけのもの」は何物にも代えがたい価値をもつ。優雅でありながら凛としている石崎さんに、大切なことを教えられた。
▼パーチメントクラフト・スタジオ La chamber de Y

石崎依子 プロフィール
1952年杉並区生まれ。西荻窪在住。2000年にパーチメントクラフトを習い始め、4年をかけて国際認定の講師資格を習得。2006年、西荻窪にレッスンスタジオを立ち上げた。現在は初心者から上級者までを指導しながら、展示会等に数多くの作品を出展。新しいテイストの作品にも意欲的に取り組んでいる。

DATA

  • 最寄駅: 西荻窪(JR中央線/総武線) 
  • 取材:阿佐ヶ谷あけみ
  • 掲載日:2014年06月23日