今やパソコンやスマートフォンなどで日常的に使っている経路探索システム。列車の時刻や乗り換え、料金を調べる時はもちろん、1日でどこまで行けるかなど仮想旅行を楽しむ人も多いのではないだろうか。そんな経路探索システムの元祖とも言えるのが『駅すぱあと』だ。
開発したのは高円寺にある株式会社ヴァル研究所(以下、ヴァル研究所)。2015(平成27)年に40周年を迎えるソフトウェア開発販売会社である。一体どんな会社なのか?もしや鉄道マニアが集まる職場で、社内に立派なNゲージ(鉄道模型)があったりするのだろうか?そもそも「研究所」とは何を研究しているのだろうか?真相を探るべくヴァル研究所を訪ね、話を伺った。
創業は1976(昭和51)年。社員はデータ入力会社に勤めていた仲間を中心にした10人のメンバー。ベンチャー企業の先駆けである。メンバーの中には大学に通いながら働く者もおり、若さとやる気に満ちていた。当時はコンピュータが一般企業に導入され始めたころ。1975(昭和50)年にマイクロソフト、1976(昭和51)年にアップルコンピュータが設立された、そんな時代である。
社名の「ヴァル」とは「Very Advanced Language」のこと。誰もがコンピュータを使えるように、より進化したコンピュータ言語を研究・開発することを目標にスタートした。
創業当初は受託開発事業(大手会社のプログラミング)を収入源に、自社製品を開発。1976(昭和51)年に仕様書記述言語『SPECL-Ⅰ』、1984(昭和59)年に16ビットPC用データ処理ソフト『ぱぴるす』、1986(昭和61)年にデータ処理ソフト『ファラオ』などを販売してゆく。
1986(昭和61)年、上智大学と共同で、『最短経路システム』を開発。当時、コンピュータの新技術として注目されていた人工知能技術(AI)を応用させたエキスパートシステムを利用したものだ。そして、1988(昭和63)年、自社製品として『最短経路探索システム 駅すぱあと』を開発、発売する。
発売当初はパソコンがそれほど普及していなかったこともあり、なかなか売上に繋がらず、社内での受けも良くなかった。ところが、1993(平成5)年発売の『駅すぱあと全国版for MS-DOS』に搭載された「分割定期対応機能」が注目され、脚光をあびることに。「分割定期」とは、1枚の定期を2区間に分けて購入すると安くなる場合があるというもの。折しもバブルがはじけ、経費削減モードだった当時、この機能が評価されて『駅すぱあと』の知名度はアップした。
その後、1994(平成6)年に『駅すぱあと全国版 for Windows』を発表、同年に富士通のFMVシリーズに搭載。1998(平成10)年には「Yahoo!JAPAN」でサービスが開始され、誰もが手軽に使えるシステムとなった。
『駅すぱあと』が発売されて2015年で25年。管理部総務チームリーダーの新関俊文さんは、「ひとつのソフトで25年も続くことはあまりない。」と語る。決して派手なシステムではないが、時代の流れを問わず、常に誰もが必要とするシステムを作った同社は、先見の明があったと言えるだろう。
「入社の決め手は、面接の時の心地よさ、充実感が印象的だったこと。他愛もない会話から始まって、とても人間味を感じた。」管理部総務チームの福本江梨奈さん は、アットホームな社風に惹かれたと言う。年齢や部署を越えての飲み会や社内サークルも活発。会社公認の野球、フットサル、ボードゲーム、ピコピコ部(昔のゲームを楽しむ部)のほか、非公認のサークルも複数あり、仕事以外でのコミュニケーションの場も多いようだ。さすがに社内にNゲージはないが、鉄道マニアの社員はいるようで、「ヴァル研究所 鉄道王決定戦」が開かれたこともあるらしい。なんとも楽しそうな職場である。
また、社内で行われる「新規事業プランコンテスト」で優秀賞を取れば、新入社員でも開発現場の最先端で活躍することができる。創業時に学生社員がいたころと変わらぬスタンスが見える。
2007(平成19)年に杉並区の「子育て優良事業者」優良賞を受賞。2011(平成23)年には厚生労働省の「子育てサポート企業」にも認定された。「産休がとれる等、法令で定められているぐらいのことですが」と新関さんは言うが、実際に実行する企業はそう多くはない。女性はもちろん、育休を取る男性社員も増えてきたと言う。アットホームで楽しく働きやすいとは、羨ましい限りである。
高円寺での創業後、事業所拡大のため代々木、大久保へと移転。1995(平成7)年に再び高円寺に戻ってきた。高円寺にこだわりがあったわけではなく、「たまたまいい物件があったから。」と新関さん。それでも今では「高円寺阿波おどり」など地元の祭りやイベントに協賛し、地域貢献も行っている。また、福本さんら社員にとっては「いい飲み屋がいっぱいある」と、人気の街のようだ。
創業から40年。コンピュータの黎明期から、その進化とともに歩んできたヴァル研究所。今も『駅すぱあと』を柱に、子育て中の親目線に立った乗り換え案内システム『ママすぱあと』や、iPhone向けゲームアプリケーション『デンニャ大脱走』、コスプレ仲間のマッチングサービス『COSFUL』など、自由な発想で新たな自社製品の開発を続けている。
「誰もがコンピュータを使えるように」
創業時からの変わらぬ精神のもと、「VALUE=顧客・社会・社員に対して新しい価値を創出する企業」を目指し、進化し続けている。
『「駅すぱあと」風雲録 -ヴァル研究所の開発者魂-』柏崎吉一・須藤公明(日経BP企画)