岩崎通信機株式会社(以下、岩通)は、情報通信・印刷システム・電子計測に関係する機器のメーカーである。1938(昭和13)年設立、売上高約220億円、従業員数約1,200人(2021年5月現在)。歴史面や売上規模から見ても、杉並を代表する企業と言っても過言ではないだろう。戦時中は軍需工場に指定され、軍用秘密電話機(作戦連絡用の盗聴されにくい電話機)や陸軍の電波探知機(レーダー)の開発を手掛けてきた。だが、終戦後の厳しい状況下で経営は一時ひっ迫。それでも、電気に関することならなんでも引き受ける熱意と、新型電話機の研究開発などのたゆまぬ努力が実を結んで再興する。
1954(昭和29)年の日本初のオシロスコープ(※)製品化、1956(昭和31)年の日本初のボタン電話装置(現在のビジネスホン)開発、1961(昭和36)年の電子製版機の開発と、時代に即した先見の明で常に業界をリードしてきた岩通。その最新の取り組みについて取材した。
現在の主力事業について伺うと「電話機」という返答があった。「業務用の、特にコードレス電話システムが得意な分野です」。戦後の経営難を救った通信機器開発が、今も岩通の屋台骨となっている。「コードレス電話機は、1970(昭和45)年の大阪万博に電電公社(現・NTT)がワイヤレステレホンを出品したのが原型です。それは後に、自動車電話となって世に出ました。その開発者が当社に入社した縁で、自動車電話の仕組みをベースにして事業所用コードレスホンを開発したのです。他社よりも一歩先を行き、性能も優れていました」
コードレス電話システムの主な販売先はオフィスばかりでなく家電量販店も、との答えに時代が感じられる。「例えば量販店では従業員の方が動き回ることが多いですね。そこでインカムの代わりに使われています。同じ理由で、高齢者介護施設の介護士さんにも需要があります」。また、多くの営業マンを抱え、机の場所が決まっていないフリーアドレスのオフィスでも、このようなコードレスシステムがよく使用されているとのこと。ビジネススタイルの変化によって新たなニーズが派生しているのである。
岩通を語る上で外せないのが、日本で初めて手掛けたというオシロスコープだ。「オシロスコープは、工業高校や電機メーカー等で使われる基本的な測定器です。けれども、最近では対象物の機械が高度になっているので、その測定器も一緒にレベルを上げていく必要があります」。新製品が世の中に出る前に数値の裏付けを取るため、開発段階から関わることもある。パワー半導体の性能を測定するカーブトレーサという測定器もその一つだ。「電気自動車を例に挙げると、車を動かし始める時には3,000ボルトぐらいの電圧が必要で、そこで使われる半導体を半導体メーカーが開発します。3,000ボルトという電圧はとても危険なのですが、それが設計通りにできているかを測る装置が要求されるのです」。また、最近ではインバーターという電気を効率よく使う技術が家電製品にも採用されているが、そういう回路の性能を測る機械も開発しているという。このようなパワーエレクトロニクス技術を測定する装置も、オシロスコープで培った技術をベースにしているそうだ。
先に述べた電話機、電子計測器とともに、岩通の事業の3本柱である電子製版機。それを使った印刷分野が、新たな局面を迎えている。かつては全国の印刷業者の約半分が岩通の商品を使っており、大きな収益を上げていた。だが、現在は一般家庭でも自宅のプリンターで年賀状を印刷する時代である。「プリンターの普及で、印刷業者さんの仕事は減少する傾向にあります。さらに最近は電子文書が増え、印刷すること自体少なくなりました。その中で新しく始めたのが、ラベル印刷機の開発です」。ワインボトルのラベルや、コンビニのおにぎりに貼ってある製造年月日シールなどを印刷する機械だ。「ラベルは物が動くときに必ずついてきます。書籍のように電子化されることはないので、市場は安定しています」。従来のラベルはまとめて印刷するアナログ式だったので、食品ラベルは内容量や製造年だけを印刷しておき、日付をハンコで押していた。デジタル式ならその日に必要なだけ製造年月日を入れて印刷できるため、ラベルの在庫を抱える必要がなくなる。岩通はそこに目を付け、デジタル式でラベル印刷機市場に参入したのだ。その機械を見せてもらったところ3mくらいもあって驚いたが、これでも超小型だと言う。「今まで世に出ていたものは30mもある外国製で価格も1~2億円したため、良いものと知っていてもラベル業者さんはなかなか導入できませんでした。当社は、従来の製版機技術をベースに小型化、低価格化を実現しました」
2020(令和2)年、新型コロナウイルス対策の一つとしてテレワークが促進されるようになったが、岩通はその前年に、簡単かつセキュリティレベルの高いウェブ会議システム「Waaarp」(ワープ)の開発に着手していた。「コミュニケーション機器を扱ってきた経験を基に、電話機以外のツールとして開発を進めていたのですが、リリースが2020(令和2)年6月となってちょうどウィズコロナ時代に即した製品になりました。アプリのインストールが不要で簡単に利用できることと、セキュリティを重視していることが特徴です。スタート時には無料リリースを実施して、検討中の企業に好評でした」
また、コロナ禍での消毒液需要の高まりを受けて、アルコール除菌剤「ALMEE」(アルミー)を販売。「除菌剤を製造するのは初めてでしたが、栃木事業所で印刷関係の化学薬品を使っていたノウハウを生かし、生産しました。植物由来の発酵エタノールを主成分とした“肌と地球にやさしい”商品です」
今後は、アフターコロナを見据えた新たなクラウドコミュニケーションサービスの開発も進めて行くそうだ。八十有余年にわたり培ってきた技術を、時流に合わせて取り入れながら、岩通の歴史は刻まれていく。
※オシロスコープ:電圧や電流を波形で表示するベーシックな電気測定器