荻窪駅北口から青梅街道を渡って街道沿いの商店街を歩くこと4~5分、路地の奥に建つモダンな建物が笹本道子さんのアトリエ兼住まいだ。
1階のアトリエに、笹本さんが主宰するキャンドル教室「Atelier PearlRose」がある。キャンドルは荘厳だったり、繊細だったり、その時々でいろいろな表情を見せるが、白一色のアトリエはあくまでシンプルでちょっと意外である。中央の大きな白いテーブルには作業の跡すらない。このテーブルの上でファンタスティックなキャンドルの造形が生み出されると想像するだけでワクワクする。
今回は入門者の気持ちになってインタビューしてみた。中央線沿線が好きだという笹本さん、「阿佐谷や中野にも住んだことがあります。荻窪には5年前から住んでいます。『すぎなみ学倶楽部』のサイトでお店をチェックして、何度か行ったこともあるんですよ。」このコメントには元気づけられる。
笹本さんは小学校4年生のころ、画家になる夢を抱いた。そして絵画の王道である油絵の勉強に励むことになる。
印象派の画家たちは退色を防ぐため、油絵の具に蜜蝋(※1)を混ぜて使用してきた。しかし蜜蝋は高価なうえ独特な黄味がある。そこで笹本さんは蜜蝋の代わりに、安価で無色無臭のパラフィン(※2)を使用するようになっていく。これは適正な配合にするのが難しくて随分苦労した。
重ね塗りを基本とする油絵だが、厚塗りをしても仕上がれば平面だ。油絵と並行してインスタレーション(※3)による空間構成も経験した笹本さんは、次第に油絵の平面表現に違和感を覚えるようになる。やがて長年続けた油絵の道から現在の活動へ移る大きなきっかけがあった。「海外旅行先で見た教会のキャンドルに感動しました。パラフィンにはこんな力があったんだって。」それまでは一画材でしかなかったパラフィンがキャンドルとして作品化され、光を放ち空間を演出しているのに出会い、笹本さんはキャンドルを作ることが「自分に一番合っている。」と直感した。油絵は一方向からしか鑑賞できないが、キャンドルは360度どの方向からでも鑑賞できる。さらに炎を灯すことで、たちまち周囲を光でつつむ空間作品となる。「キャンドルの光によって、ようやく新たな道が繋がりました。」こうしてキャンドル造形家としての笹本さんの歩みが始まった。
※1 蜜蝋:キャンドルを作成するワックスの一種。ミツバチ(働きバチ)の巣を構成する蝋を精製したものをいう
※2 パラフィン:キャンドルを作成するワックスの一種。石油系のワックス
※3 インスタレーション:立体オブジェ、映像、音響などを自由に組み合わせて空間構成を行う美術制作
キャンドルは単体でも立派な造形作品だが、真骨頂はやはり火を灯してこそ!立ち上がる炎には周囲の空間を和ませる力がある。笹本さんは「キャンドルの炎は生きているんです。この生命感はたき火の炎にも通じますね。」と表現する。また素材としてみた場合、キャンドルは金属や木、ガラスなどに比べてずっと扱いやすく自己表現が容易だ。さらに実用性を追求できる数少ない素材でもある。
キャンドルがこれらの魅力をいかんなく発揮する場として、晴れがましさと華やかさに彩られる結婚式がある。「最近、結婚式場の来賓用テーブルの演出を請け負ったんですけど、クライアントと対話を重ねる中で、はじめにイメージした以上の芸術性を表現することができました。式の間は来賓テーブルに幸せを灯し、式の後は持ち帰っていただいて、それぞれのお家の灯りを演出したでしょう。」笹本さんの地道な制作が、その場に居あわせた多くの人の人生の1コマを飾る光の舞台を創造したのだ。キャンドルの実用性に気づき、活用する人が1人でも増えれば、日常生活がもっと豊かなものになるに違いない。笹本さんはそれを願っている。
キャンドル教室の主宰として笹本さんが日頃感じていることを伺った。「イメージ固めがないまま、見切り発車で作り始める人が多いんですね。そして失敗して、貴重な時間と材料をむだにしているんです。趣味なら時間はいくらかけても良さそうですけど、仕事や家事・育児で忙しい女性にとって、少ない自分の時間を有効に使うことって大事ですよね。なので予算と目標を決めたら、合理的なカリキュラムのもと最短コースで勉強するのがベストなんです。」とはいえ表現するためのアート素材はたくさんある。「大切なことは世の中で自分にしか作れないモノを作ること。キャンドルでなくてもいいですから自分に合った素材を見つけたら、それと取り組んでみてください。」
笹本さんの教室では、キャンドルの材料の紹介、作り方、ラッピングの仕方などを初めての人にも丁寧に教えている。アポイント制だからいつでもスタートできるのがうれしい。「教室でより自分らしくしていられるためのヒントをつかんでもらえたらな、と考えています。生徒1人1人が充実した時間を過ごせ、自分1人ではなかなか身に付けられない創作の喜びを知る手助けがしたいんです。」たしかに挫折する人が減って、創作を人生の喜びとする人が増えれば世の中もっと明るくなるに違いない。
アーティストとして笹本さんのこだわりは何だろう。「クライアントから依頼された仕事には、相手の要望以上の作品を仕上げないとプロとは言えません。クライアントに気に入られた作品はあくまで過去の作品なんです。そんな自作のコピーをいつもどおりに作っていては前進がありません。」プロ魂の厳しさがひしひしと伝わってくる言葉だ。自信作を1つ見せてほしいとお願いしたところ、「自信作はありません」ときっぱり。今の自分に足りないものこそが次作の糧なのだろう。「自分が納得できるもの、それは試したことのない材料・形の組み合わせかもしれないし、新しい発想かもしれません。」と笹本さんは言う。構想が決まったら実現までのプロセスを徹底的に味わうそうだ。ただし「挑戦してもやりっぱなしはダメ」と釘を刺す。「創作での司令塔は自分自身です。なので仕事の後は必ず1人で“反省会”。完成した作品を徹底的に分析して次の作品を生む栄養にします。理屈っぽいようだけど、最後の決定権を握っているのはやっぱり作者の感性なんですね。」
最後に、今一番やってみたいことを聞いてみた。「異分野のアーティストとコラボすること。いつでも素敵な出会いを待っています!」
取材を終えて
ポリシーをしっかり持ち、自分の言葉で語っていた笹本さん。ワックスの魅力を引き出しながら、キャンドル以外のワックスアートも展開している。実用性を離れたワックスワークがどこへ向かうのか、そちらの展開も楽しみだ。
笹本道子 プロフィール
油画・創作活動の中でワックス素材と出会い、キャンドルワークスを始める。並行してデザイナーの職に就き、コンピューターデザインの表現を培い、1999(平成11)年サイト開設と共に、本格的なキャンドル創作活動の道に入る。現在は、教室を始めとしてトータルなキャンドルの世界を提供している。
著者に『キャンドル・ワークス キャンドルづくりの教科書』『大人のキャンドル、25のレシピ キャンドル・レッスン』(ともに誠文堂新光社)