「こんにちは~。自分が呼ばれたい名前を書いて、名札を胸に貼ってね~。」
明るい挨拶で参加者の緊張を解くことから、ワークショップ“すぎファシ”は始まる。正式名称は“杉並のファシリテーター(※1)学習ワークショップ~もし、杉並区に100人のファシリテーターが生まれたら~”。会議などで円滑にコミュニケーションをとるのに欠かせないファシリテーターという役目について、心構えと姿勢が学べる参加型の講座である。
“すぎファシ”を主宰するのは一般社団法人ISP代表理事で、荻窪在住の山ノ内凜太郎さん(以降、山ノ内さん)。自称「杉並区専用ファシリテーター」である山ノ内さんの仕事は、例えるなら地域の世話役だ。“すぎファシ”を催すほか、すぎなみ地域大学(※2)のファシリテーター養成講座の講師も担当。地域区民が距離を縮め、またそれぞれの違いを受け入れながら共に活動するための手伝いをしている。
※1 ファシリテーター:会議などを運営、管理する進行役
※2 すぎなみ地域大学:地域活動に必要な知識・技術を学び、仲間を拡げ、区民自らが地域社会に貢献する人材、協働の担い手として活躍するための仕組み
“すぎファシ”には、職場での活用や自己啓発のためにファシリテーションを学びたい人が集まる。ある日の講座の様子を見学させてもらった。
通称で呼び合うフレンドリーな場作りののち、グループに分かれてワークショップがスタート。この日のテーマは「仕事に求める大事なこと」。互いに意見交換しながら、それを付箋に書いて分類し机上で統計的にまとめたり、模造紙に図を書き込んだり、視覚を通して確認しつつコミュニケーションを活性化させていく。ワークショップの途中で「お菓子食べていいんだよ~」との声が掛かると、参加者の緊張がほぐれて対話量が増えた。「雰囲気作りもファシリテーターの役目。」と山ノ内さんは言う。
またワークショップでは、山ノ内さんが実践から学んだファシリテーションマインドと、対話に介入しながらゴールへと導くファシリテーション技術も学ぶ。「相手の話聞けた?」「引き出せた?」「自分の意見言えた?」「楽しく満足できた?」という山ノ内さんの問いかけに皆がうなずく。“すぎファシ”参加者の最終ゴールは「各々が直近で開催される場にファシリテーターとして臨めるようになる」ということ。ワークショップから学んだことを自分の生活へどのようにフィードバックしていくか、参加者は“すぎファシ”終了後もWeb上で意見を共有している。
山ノ内さんは横浜育ち。杉並との出会いは学生時代にさかのぼる。
杉並区交流協会の国際交流イベントに携わったことがきっかけで、区民の交流の場づくりに参加。やがて、イベントでの一時的な出会いをさらに発展させ、継続的な交流の場を持ちたいと考えた山ノ内さんは、杉並区ワールドカフェ(※)・サロン“100とも”を提案した。この名前には、“もし杉並区の100人と「ともだち」だったら”というコンセプトが込められている。
“100とも”は現在も月に1回開催され、さまざまな年代の区民がテーブルを囲む。過去最年少は6か月の赤ちゃん、最高齢は86歳というのが驚きである。こうしたワールドカフェの運営に欠かせないのが、対話の進行を担うファシリテーターだ。自らこの役を引き受けている山ノ内さんは、「上達の秘訣は実践に尽きます。」と語る。ファシリテーターの一言で対話のゴールが変わる。“100とも”を始めたばかりのころは、「あの一言が場の空気を一変させた…。」と今でも悔やむほどの失敗もしたそうだ。しかし回を重ねるなかで、だんだんとファシリテーターの力が身に付いていった。また、自身が目標に向かって進むときに、ファシリテーター技術が自分を導く力になることにも気づいた。
「この経験を杉並の人たちに伝え、一緒に学び成長したい。」
そんな想いから山ノ内さんは実践型のワークショップ“すぎファシ”をスタートさせる。
※ワールドカフェ:カフェにいるようなリラックスした雰囲気で、さまざまなテーマを自由に対話する会議手法
“すぎファシ”に先がけ2015(平成27)年に4年目を迎えた“100とも”は、杉並区を飛び出し、練馬や府中など区外へと広がりを見せている。最近は“100とも”の評判を知り、話を聞きたいという人が全国から訪れることも多い。評判が広まるなか、山ノ内さんはファシリテーターとして活躍するだけでなく、“100とも”の運営を担う後進の育成にも力を入れている。
また2014年(平成26年)には、杉並区商店会連合会のスタッフとして、94ある商店街組合のうち70組合を自転車で訪ね、商店街の運営に携わる人達と商店街の今とこれからについて会話を重ねた。「日に焼けて、どこかへ旅行?と聞かれるのですが、もっぱら商店街の自転車移動でですね。」と照れ笑い。その後、杉並区のグッズを販売するコミュかるショップの運営にも携わるようになった。山ノ内さんが杉並の未来を思い描くとき、そこには知り合った人達の顔がある。「僕にとって、まちが好きって、そこに住む人がどれだけ好きかなんです。」と笑顔で何度も繰り返して話してくれた。
山ノ内さんには壮大な目標がある。住民自治への新しい提案だ。具体的には、行政、区議会と並ぶ第三の場として、地元民が協議をする区民議会を設け、この三者による役割分担を考えている。「自分の一言なんて何の影響も持たないのではないかと思っている若者は多いのでは?でも、問題を解決するには規模に合った適切な話し合いの仕組みが必要です。まずは若者を含む区民どうしが話し合う区民議会のような場で、地域のためにやるべきことを明確にしていく。例えば、○○町1丁目のことは○○町1丁目の住民で、△△公園のことは△△公園利用者で、最初に話し合うといった感じです。そして、予算が伴うようなスケールの大きなことになれば、徐々に輪を広げて、区議会そして区役所を巻き込んでいきます。」今後の展望を語る山ノ内さん、自身が思い描く未来を想像しているのか、ワクワクしているように見えた。
単に杉並区に住んでいるだけではなく、暮らす中でさまざまな活動に加わり、自治力をアップして行く区民の在り方を目指す。山ノ内さんの目標が実現すれば、自分の手で生活をより良くしたいと思っている区民に身近なチャンスが生まれるだろう。
取材を終えて
「取材」という枠を超えて、杉並の未来を考える。一区民である自分にも密接に関係することで「本当にそんなことあるのかも」と思わず期待してしまう、そんな未来が来るといいな、と感じた出会いだった。
山ノ内凛太郎 プロフィール
杉並区荻窪在住。立教大学法学部卒。
2012年より、一般社団法人ISPを設立。違いを楽しみ、受け入れられる“聴き合いのまち、すぎなみ”を目指し、杉並区ワールドカフェ・サロン“100とも”を主催。世代・立場・国籍をこえて集まる区民交流の場づくりを通じ、延べ1,000名以上の区民と関わる。また、ファシリテーションの技法を活かし、区内外で場作りのコーディネーターやコミュニケーション研修の講師を担当している。(一般社団法人ISPのホームページより抜粋)