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和田博幸さん

植物との出会いは庭の手入れ

樹木医として、全国各地の桜を救っている和田博幸さん。公益財団法人日本花の会(以下、日本花の会)の主幹研究員である。
和田さんは群馬県高崎市の出身。田んぼや畑に囲まれた自然豊かな環境でのびのびと幼少期を過ごした。東京農業大学に進学した際の専攻は、植物とはまったく無関係の栄養生化学。「当時はバイオが注目され始めた時期で、大学では毎日のように試験管を振っていました」。そんな和田さんと植物との出会いは、大学のサークル活動「植物愛好会」だった。「サークルのアルバイトで、目黒の邸宅の庭の管理を手伝ったのですが、庭は300㎡ぐらいの広さで、桜や野草、シャクナゲなどたくさんの植物がありました。卒業の時期を迎えて製薬会社や食品会社から内定をもらっていたのですが、手入れに行った庭がたまたま日本花の会の創設者のご子息の家で、それが縁で日本花の会にスカウトされました。その頃は、バイオの実験に対する興味が薄れ、就職内定を蹴って思い切って日本花の会に就職することを決めました」

和田博幸さん。3月上旬、区立桃井原っぱ公園の河津桜の前で

和田博幸さん。3月上旬、区立桃井原っぱ公園の河津桜の前で

桜の専門医

樹木医は、1991(平成3)年に始まった民間の認定資格で、現在は「一般財団法人日本緑化センター」が認定している。「樹木医研修受講者選抜試験」を受けるためには樹木の調査、診断、治療、保護などの実務経歴が7年以上必要で、研修受講後、筆記試験と面接を経て樹木医となる。和田さんは、樹木医になると樹木医間のネットワークでさまざまな情報交換ができることを知り、未知の情報を得たいと、資格が誕生してからちょうど10年目に樹木医になったそうだ。
樹木医の仕事内容について伺うと、「公園、街路樹、集合住宅の植栽などが健全に成長しているかを調査すること。寺、神社といった場所にある天然記念物クラスの樹木文化財を保全し、樹勢回復(※)してその子孫を次の時代につなげる後継樹を作ること。樹木がいかに生活に密着しているかを一般の人に普及、啓発すること」の3つが挙げられた。「病気の樹木を放置すれば、倒れて人の生命を脅かすこともまったくないとは言えません。また樹齢の長い樹木は財産です。樹木を守り、人と共存させる、その下支えをするのが樹木医だと思っています」 
和田さんの得意分野は、桜。その名医として全国に名をとどろかす。日本花の会では、1962(昭和37)年の創設以来「桜の名所づくり」という事業を行っており、学校や地域等に桜の苗木の配布や植栽地のアフターフォローなどを行うことで、地域振興や環境づくりに一役買っている。また、茨城県結城(ゆうき)市にある農場には桜の品種の研究をするための「桜見本園」があり、桜のコレクションがある。和田さんが桜に詳しいのは、このような職場で働き、ほかの樹木よりも桜を扱うことが多かったためだ。

※樹勢回復:樹木の生育状態を良好に回復させること

樹木の診察はまず根元から

樹木の診察はまず根元から

根元を診た後、枝ぶりをチェック。幹の状態を知るために、時には木づちで幹を叩くこともある

根元を診た後、枝ぶりをチェック。幹の状態を知るために、時には木づちで幹を叩くこともある

山高神代桜のプロジェクト

桜の樹木医として和田さんが手がけた仕事は数えきれないが、なかでも印象深かったのは山梨県北杜(ほくと)市の「山高神代桜(やまたかじんだいざくら)」の樹勢回復だ。「山高神代桜は、福島県田村郡三春町の三春滝桜(みはるたきざくら)、岐阜県本巣市の淡墨桜(うすずみざくら)とともに、日本三大桜の一つです。どの桜も樹齢1000年をはるかに超える巨木の江戸彼岸(えどひがん)で、3本とも大正時代に桜として初めて国の天然記念物に指定されました。私は山高神代桜の回復を手がけました。2001(平成13)年に樹勢回復検討委員会が立ち上がり、関係者とプロジェクトを組みました。最初は桜が衰えている原因が何かを調べるところからでした。樹木が健康を損ねる原因はさまざまで、例えば土、陽当たり、ほかの樹木との競合などが考えられます。最終的に桜の周囲の土を入れ替えるという大工事を実施しました。調査におおよそ2年、工事に4年かかりました。土や肥料、樹木の病気の専門家、造園家など関連するあらゆる分野の方と相談しながら、一緒に全力で取り組みました。ここ3、4年前から、やっと安定して枝がすっと伸び始めて、毎年美しい花を咲かせています」

山高神代桜。樹齢2000年といわれている。樹高およそ10m、根元の周囲およそ12mの巨木(写真提供:和田博幸さん)

山高神代桜。樹齢2000年といわれている。樹高およそ10m、根元の周囲およそ12mの巨木(写真提供:和田博幸さん)

杉並と桜

和田さんは結婚後からずっと杉並区上井草に暮らしている。「杉並は緑が多く静かで、住宅や学校、小さな児童公園などにも桜がたくさんあります。そんな桜にまつわるエピソードを一つ。上井草駅近くの住宅に立派な八重桜があり、毎年開花を楽しみにしていたのですが、敷地が売りに出されて木もなくなってしまいました。1、2年後のある日、杉並で具合の悪い八重桜を診てほしいという依頼があり、訪ねたところ、あの八重桜が移植されていました。桜は、お母さんの家から娘さんの家に移されていたのです。診断したところ、太い枝が枯れてしまっていて、手を尽くしましたが根付きませんでした。伐採後、娘さんは新たに、お母さんが好きだった同じ品種の八重桜を植えました。ところが、それも手放さなくてはならない事態になり、区のみどり公園課に相談して桃井原っぱ公園に移植させてもらいました。松月(しょうげつ)という種類の八重桜で、桃井原っぱ公園の入り口(青梅街道側の東側)で4月中旬頃に大輪の花を咲かせています」
また、和田さんは「NPO法人みどり環境ネットワーク!」の理事としても活動している。「2003(平成15)年4月に上井草界隈の桜を見て歩くイベントを行ったのですが、観泉寺の桜がきれいでした。本堂の前のしだれ桜が有名ですが、本堂の裏にも非公開のしだれ桜が1本あります。また、墓地の中には緑桜(みどりざくら)という小さい花を咲かせる桜がありますね。どこに何の花があるか知っていると、見る楽しみも広がると思います」

▼関連情報
すぎなみ学倶楽部 特集>公園に行こう>区立桃井原っぱ公園

松月。八重咲きで、花びらの内側から外側に向かってピンクのグラデーション(写真提供:日本花の会)

松月。八重咲きで、花びらの内側から外側に向かってピンクのグラデーション(写真提供:日本花の会)

満開に咲く松月(4月10日、桃井原っぱ公園)

満開に咲く松月(4月10日、桃井原っぱ公園)

桜の魅力

桜のことを語る和田さんの目は、キラキラと輝く。桜の魅力はと尋ねると、「春の訪れを感じてウキウキさせるところ、またどの品種も枝一杯に花を咲かせるのは、ほかの樹木では少ないこと」を挙げた。さらに、「室町時代から書物に書かれていたほど歴史が古く、文化的な価値が高い点や、桜に好感を持つ人が多く、そこから人と人との結びつきが生まれるところも魅力だ」と言う。桜を長く楽しむために、私たちにできることは何だろうか。「まずは花を見てあげること。1年に一度、それも短い間しか見られないので、花に関心を寄せてあげることが大事だと思います。桜が弱ってしまった場合には、肥料をあげたり根元を耕したりすると、効果がありますよ」

取材を終えて
和田さんによると、杉並区の職員の中には3名の樹木医がいて、恐らくほかの自治体には例がないそうだ。そのような恵まれた環境に感謝しつつ、「桜に寿命はない。良い環境があってきちんと手当てをすれば、何十年でも花を咲かせます」という和田さんの言葉通りに、この先も区内で桜をずっと楽しめることを願いたい。

和田博幸 プロフィール
樹木医。公益財団法人日本花の会主幹研究員。桜の樹木医として、国指定天然記念物の山高神代桜、赤坂サカス三春滝桜、熱海市糸川遊歩道の桜などの調査や樹勢回復、デザイン等に携わる。「NPO法人東京樹木医プロジェクト」副理事長、「NPO法人みどり環境ネットワーク!」理事

DATA

  • 公式ホームページ(外部リンク):http://www.hananokai.or.jp/
  • 取材:小泉ステファニー
  • 撮影:小泉ステファニー
    写真提供:和田博幸さん、日本花の会
  • 掲載日:2018年03月29日