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田中みどりさん

老舗洋傘店の女あるじ

今ではあまり見かけなくなった洋傘店の店長として、店を切り盛りする田中みどりさん。高円寺庚申(こうしん)通り商店街の活性化を目指し、イベントの企画・運営などでも活躍している。
ビジネスウーマンだった田中さんの夫の実家は、1954(昭和29)年から高円寺庚申通り商店街に店を構える「タナカヤ洋傘店」。嫁いだばかりの頃は傘に関する知識がなく、夫の両親が営む傘店への遠慮もあったため、店に出ることはなかったが、義父も亡くなり手が足りなくなった傘店を、子育ての傍ら手伝うようになった。そのうちに、田中さんは客が自分の気に入った傘を見つけて、喜んで差して街を歩いてくれることに幸せを感じるようになり、傘そのものが好きになっていったという。

▼関連情報
タナカヤ洋傘店(外部リンク)
タナカヤ洋傘店ブログ(外部リンク)

田中みどりさん

田中みどりさん

アンブレラ・マスターとして傘の知識を広めたい

近年、傘はコンビニエンスストアやインターネットで気軽に購入できるし、傘を修理して長年使うという人も少なくなり、洋傘専門店が減りつつある。1998(平成10)年に「タナカヤ洋傘店」でも、店を閉めようかという話が出たが、「お客さんが自分の店で買った傘を差して、商店街を歩くのを見ているだけで、うれしい」と、田中さんは自分が店を引き継ぐ決心をした。そして、日本洋傘振興協議会が「アンブレラ・マスター(※1)」の資格制度を導入することを知ると、夫の康司さんと共に資格を取得した。「傘のスタイルや機能性などをお客さんに知ってもらうのに役立てたい。また、そういう制度があることも広めたい」と話す田中さん。康司さんも2015(平成27)年に定年退職後、傘の修理担当役として店のサポートを始めた。今も夫婦で老舗の看板を守り続けている。

※1 アンブレラ・マスター:日本洋傘振興協議会が洋傘売り場のスペシャリスト(専門的知識を有する人)として認定する資格制度。洋傘製品の種類や、主な機能、素材、製造技術~特徴や正しい使い方、ケア方法、修理時の対応などに精通していること等が条件となる

店頭に立つ田中みどりさんと康司さん(写真提供:タナカヤ洋傘店)

店頭に立つ田中みどりさんと康司さん(写真提供:タナカヤ洋傘店)

人のために尽くす毎日

洋傘店の女あるじがすっかり板に付いた田中さんは、ある時、店に面した庚申通りの人通りが少ないことが気にかかるようになった。生まれ育った浅草の実家近くも、アルバイトをしていた仲見世の土産物屋も、商店街には活気があった。実家の両親の介護に20年、毎週浅草に通いながら、いつしか田中さんは「庚申通りでも活気あるイベントをしてみたい」と考えるようになった。
2013(平成25)年10月、高円寺の地域活性イベントの企画運営をしている高円寺フェス実行委員が、商店街の店舗とアート作家をつなぐイベント「高円寺アートミュージアム」を企画し、商店の参加を募っていた。店舗の業種に関係なくアート作品を販売する試みだった。すぐに参加を申し込んだ田中さんに、実行委員会は陶芸作家の「うたうたう虹」さんが制作した土偶をモチーフにしたアクセサリーを紹介。その作品を「タナカヤ洋傘店」で販売することで田中さんはアートイベントの活気を体験した。

▼関連情報
すぎなみ学倶楽部 杉並のイベント>高円寺フェス

「高円寺アートミュージアム」のチラシ

「高円寺アートミュージアム」のチラシ

有志と「庚申みちくさ隊」を結成

「アートがあれば、商店街に若い人が来る。店の商品と違う種類の商品が並べば、人の興味が2倍になる」。田中さんは、「高円寺アートミュージアム」のイベントの開催を継続したいと考え、同じ商店街の雑貨店やアート作家たちの協力を得て、2014(平成26)年2月に「庚申みちくさ市」をスタートした。各店舗でアート作品を販売するのではなく、通りのスペースで、アート作家が自らの作品を販売する形にしたものだ。
さらに「庚申みちくさ市」から2カ月後、出店者とサポーター有志で「庚申みちくさ隊」を結成し、イベントの名称を「庚申みちくさアート市」に変更。以来、年に4回、高円寺4大祭り(※2)に合わせて市を開催している。「庚申みちくさ隊」という名前には、「商店街のお店にふらっと、“みちくさ気分”で立ち寄り、遊びに来てもらおうという願いをこめている」と、田中さんは笑顔で教えてくれた。

※2 高円寺4大祭り:「高円寺びっくり大道芸」「東京高円寺阿波おどり」「高円寺フェス」「高円寺演芸まつり」の総称

▼関連情報
【高円寺】庚申みちくさアート市/庚申みちくさ隊(外部リンク)

商店街の花屋「フラワーパーク」で「庚申みちくさ隊」の作品を販売

商店街の花屋「フラワーパーク」で「庚申みちくさ隊」の作品を販売

隊長の仕事は、まだまだこれから

「庚申みちくさ隊」の活動の基本は、年に4回の「庚申みちくさアート市」の運営だが、区内イベントにも積極的に参加し、庚申通り商店街やアート作家のファンを増やす努力を続けている。
そのほかにも、庚申通り商店街のシンボルである「庚申塔(※3)三百周年祭」が近づいた2015(平成27)年12月には、「庚申みちくさ隊」が手作りした、商店街のキャラクター「モンピー」のお面を120の店舗に飾り、祭りを盛り上げた。また、2014(平成26)年から、2月に開催される「高円寺演芸まつり」に合わせ、90店舗の店先に落語の世界観を描いた絵を飾る「こうしん通り寄席描きアート展」も主催している。
「タナカヤ洋傘店」は、杉並各地域のイベントやアート作家の活動を紹介するチラシを店先に置くなど、さまざまな地域活動者が交流できる場として役立っている。「庚申通り商店街の店には、お客さんに頼まれればほかの店の案内もするというような助け合う心意気がある。自分の店だけが繁盛してもダメ。南北に長い商店街なので、人が来る流れを作って、商店街とアート作家の両方を盛り上げていきたい」と田中さんは言う。隊長の仕事は、まだまだこれからだそうだ。

※3 庚申塔:道端などに庚申をまつった石塔。「庚申」の「申」が十二支の申(さる)を示しているので、高円寺庚申通り商店街にある石塔にも「見ざる言わざる聞かざる」の三猿(さんえん)が彫られている

取材を終えて
「庚申通り商店街」は店舗経営者の世代交代などに伴い、個人商店が減りチェーン店が増えてきている。既存の個人商店が商店街全体を引っ張り、近隣住人ともコミュニケーションが図れるコミュニティ作りが、商店街の活性化に何よりも大切であると、田中さんの話を聞いて改めて実感した。

田中みどり プロフィール
浅草生まれ。高円寺庚申通り商店街で「タナカヤ洋傘店」を経営。日本洋傘振興協議会認定「アンブレラ・マスター」、「庚申みちくさ隊」隊長、杉並どうぶつ相談員。

庚申通り商店街のほぼ全ての店舗で手作りの「モンピー」お面を店先に飾り、庚申塔300周年を祝った

庚申通り商店街のほぼ全ての店舗で手作りの「モンピー」お面を店先に飾り、庚申塔300周年を祝った

高円寺4大祭りに合わせて「庚申みちくさアート市」を開催

高円寺4大祭りに合わせて「庚申みちくさアート市」を開催

DATA

  • 取材:おおつちさとべえ
  • 撮影:高田正勝(区民カメラマン講座実習記事)
    写真提供:タナカヤ洋傘店
  • 掲載日:2018年07月17日