伝統こけし(※1)の魅力を、高円寺から発信し続けている人がいる。山藤(さんとう)輝之さんだ。
高円寺のタウンマガジン「SHOW-OFF」を編集している有限会社HOT WIRE GROUPに勤務し、高円寺フェスの実行委員を務めている。伝統こけしに魅了され、私的にこけしの収集や研究に励みながら、仕事を通しても伝統こけしの魅力をPRしている山藤さんに話を伺った。
山藤さんと伝統こけしの出会いは2010(平成22)年、伝統こけしの写真集『Kokeshi book』(COCHAE著)を読んだことがきっかけだった。形や模様が異なる伝統こけしが掲載されており、「土湯系・弥治郎系・津軽系などのこけしは、鳴子系のようなよく知られたものと全く違った意匠で印象に残った。また、古品と呼ばれる戦前のこけしの情味にも憧れた」と振り返る。
同年10月、高円寺フェスの際、にわとり文庫(※3)のブースで古い伝統こけしを2本購入した。「それまで伝統こけしはどこで買えるのか分からなかった」と言う山藤さんにとって、この2本が現在も続くコレクションの最初の作品となった。
やがて、全国こけし祭り(※4)など各地で開催されるイベントへ出かけては気に入った作品を購入するようになり、工人(こけしを作る人)やコレクターたちと親しくなっていった。その後、以前から気になっていた東京こけし友の会(※5)に入会したほか、「書肆ひやね」(※6)で行われていた伝統こけしの研究会にも参加。「工人の逸話やこけしについて、年齢に関係なく話せるのも面白い」と、ますます伝統こけしの世界にはまり、交流と造詣を深めていった。
2011(平成23)年、高円寺フェスで「MY FIRST KOKESHI !」というブースを立ち上げた。同年3月11日の東日本大震災で被害を受けて販売場所を失った東北の伝統こけしを、高円寺で販売できないかと考えたのだ。普段、一般の方と会う機会が少ない工人のトークイベントと絵付け実演も同時に企画。また、伝統こけしに興味のない人でも立ち寄りやすくなるよう、こけしの絵付け体験や雑貨販売なども行った。ブースは、昔からの伝統こけしファンはもちろん、2010(平成22)年頃から始まった「第3次こけしブーム」の影響を受けた人たちも訪れ、大いににぎわった。復興支援から始まった「MY FIRST KOKESHI !」は、その後も毎年開催され、今ではこけしファンの間で恒例のイベントとなっている。
また、HOT WIRE GROUPが発行する高円寺タウンマガジン「SHOW-OFF」で、「こけしのなかのわたし 毎⽇のこけし学」というエッセイを連載中だ。伝統こけしを歴史や民俗学の観点から詳しく紹介するコーナーで、山藤さんの伝統こけしに対する熱い思いがつづられている。
最近は、伝統こけしからかけ離れたユニークな顔のこけしや、胴の部分に木以外の材質を使用する斬新な形態のこけしも生まれ始めている。「新しいブームから入った方も、昔ながらの伝統こけしとの違いなどに興味を持ってもらい、長く関わっていただけたらうれしいです」と話す。現代版こけし辞典「Kokeshi Wiki」(※7)の作成にも関わっており、フランスやアメリカなどの愛好家と、フェイスブックを通じて伝統こけしについて質問のやり取りをする。そんな海外のこけしファンが作成する綿密なデータに、逆に驚かされることもあるそうだ。
「今後は、伝統こけしも含めた郷土玩具を、民間宗教や民俗学の観点から研究してみたい。そもそも伝統こけしが何のために作られたかなど、広い視野から発見できたことをテキストとして残していく作業をしていきたい」。山藤さんの興味は、止まることなくどんどん深く広がっていく。
▼関連情報
Kokeshi Wiki(外部リンク)
取材を終えて
山藤さんの勤務する会社に伺い取材させていただいた。穏やかな表情で真摯に答えてくださったが、時々熱を帯びた口調に変わり、伝統こけしについて山藤さんが感じた驚きや感動が伝わってきた。この取材を通して、土産物にとどまらない伝統こけしの魅力を知ることができた。山藤さんはじっくりと研究に取り組みながら、発案した企画を素早く実行する行動力も備えている。見慣れた物を、新鮮な驚きでとらえる好奇心が原動力だと感じた。
山藤輝之 プロフィール
1978年、東京生まれ。
有限会社HOT WIRE GROUP社員、高円寺フェス実行委員、高円寺タウンマガジン「SHOW-OFF」編集部員、高円寺経済新聞副編集長。
伝統こけしの造詣が深く、コレクションも多数。『こけし辞典』の電子版「Kokeshi Wiki」作成に関わる
※1 伝統こけし:江戸後期頃東北の湯治場で子供への土産として生まれたといわれる(津軽こけし館ホームページより)。東北6県の産地の名が付けられた「系統」(福島県の土湯温泉で作られる土湯系や、宮城県の鳴子温泉で作られる鳴子系など11区分)の中に、先人の工人の名前が付いた「型」があり、産地独特の技法・絵付けを継承。自由な発想で作られる新型こけし、創作こけしと区別される。
津軽こけし館ホームページ(外部リンク)
※2 COCHAE:“あそびのデザイン”をテーマに活動するデザインユニット。全国こけし祭りのポスターや折り紙、雑貨などのデザイン・企画・販売まで幅広く活動
※3 にわとり文庫:西荻窪にある古本屋。国内外の本・雑貨などを販売
※4 全国こけし祭り:1948(昭和23)年、鳴子こけし祭りとして宮城県鳴子温泉で始まる。1953(昭和28)年に現在の名称に変更。こけし供養や、各産地の伝統こけしの実演販売などを開催
※5 東京こけし友の会:伝統こけしを愛好する人達で作る会員制の会
※6 書肆(しょし)ひやね:神田にある伝統こけしの専門店。1階は古本、2階は伝統こけしの展示・販売
※7 Kokeshi Wiki:「こけし辞典」を元に作成したWebサイト版。サイトと書き込み様式を山藤さんが作成。情報は『こけし辞典』執筆者の橋本正明さんを中心に有志で執筆