永福寺

山門。1979(昭和54)年12月建造

山門。1979(昭和54)年12月建造

かつては「ようふくじ」だったかも?

万歳山永福寺(ばんぜいさん えいふくじ)は、永福という町名のもとになった寺である。永福町駅から徒歩約7分、永福稲荷神社の隣にある。
寺伝によれば1522年の開創で、北条氏康が1559年に作成した『小田原衆所領役帳』にも永福寺の名が記載されている。かつては「ようふくじ」と称されていたと伝わり、西門脇にある正保三年銘の五輪塔形式の庚申塔には「養福寺」と刻まれている。参考までに、源頼朝が1194年頃に鎌倉に建立した永福寺も「ようふくじ」といわれていた。
墓域を一巡すると「安藤家」と刻まれた墓を多く見掛ける。小田原北条氏の検地奉行であった安藤兵部丞が、北条氏が滅亡した1590年頃当地に帰農し、永福寺の檀家(だんか)となったことに由来するといわれる。
また、寺は1593年に火災で焼失して存続の危機に陥ったが、江戸幕府の御家人・加藤重勝が下高井戸村に拝領地を与えられたことを契機に、永福寺を菩提寺(ぼだいじ)と定め復興に尽力した。

▼関連情報
すぎなみ学倶楽部 文化・雑学>杉並の寺社>永福稲荷神社
杉並区ホームページ 正保三年銘五輪庚申供養塔PDF(外部サイト)

本堂。1960(昭和35)年12月建造

本堂。1960(昭和35)年12月建造

区内最古の庚申塔である、1646年造立の五輪庚申供養塔

区内最古の庚申塔である、1646年造立の五輪庚申供養塔

広々とした墓域と快慶作の本尊

参道入り口に地蔵菩薩像が立てられている。その台座はかつて道標も兼ねていたようで「左 江戸道」「右 大山道」と刻まれている。
広々とした墓域には古い銘の墓石が多く歴史の深さを感じる。一方で、開創とされる秀天慶実の新しい記念碑もある。本尊は十一面観音像(非公開)で、脇侍の不動・毘沙門両像とともに、鎌倉期の仏師・快慶(かいけい)の作とされている。
この寺の御朱印は、縁起の良い「永」と「福」の文字が含まれており人気がある。寺務所で希望者に、はがき大の御朱印を授けている。

宗派:曹洞宗
本尊:十一面観音像

参道入り口にある地蔵菩薩像

参道入り口にある地蔵菩薩像

「永」と「福」の文字が含まれる御朱印

「永」と「福」の文字が含まれる御朱印

DATA

  • 住所:杉並区永福1-25-2
  • 最寄駅: 永福町(京王井の頭線) 
  • 公式ホームページ:https://www.city.suginami.tokyo.jp/kyouiku/bunkazai/hyouji/1007879.html
  • 出典・参考文献:

    『新修杉並区史』中巻 東京都杉並区
    『新修杉並区史』資料編 東京都杉並区
    「杉並の指定登録文化財」杉並区教育委員会生涯学習推進課文化財課
    「曹洞宗 萬歳山永福寺小史」西照寺住職嗣永芳照

  • 取材:OKIKAKI
  • 撮影:OKIKAKI
    取材日:2020年10月12日、11月19日、2021年02月01日
  • 掲載日:2021年05月17日