福島県南相馬市は、豊かな自然と海洋性の穏やかな気候に恵まれ、特産品の米のほか、ブロッコリーや梨など野菜や果物の栽培が盛んだ。 夏の風物詩である「相馬野馬追(そうまのまおい)」は国の重要無形民俗文化財に指定されており、祭事が近づくと一般道路でも馬に乗った人を見かけるようになる。出場者が自宅から練習場へ移動するためで、馬を家族の一員として暮らす「馬のまち」ならではの光景である。
杉並からは車で約3時間、電車では東北新幹線と在来線を乗り継いで約4時間で到着する。
杉並区との交流
1974(昭和49)年、区立新泉小学校の野球チームが福島県原町市(現・南相馬市)に遠征し、地元の小学校と交流試合を行った。以来、毎年親善試合をするようになり、交流がスタートした。2005(平成17)年5月27日に災害時相互援助協定を締結(※1)。2011(平成23)年の東日本大震災時に、杉並区では行政による物的・人的支援に加え、区民による駅頭での義援金の呼びかけやチャリティーバザーなどが実施され、南相馬市への支援の輪が広がった。このほか、区内で開催される南相馬市物産展や野馬追の写真展などを通じ、交流を深めている。
▼関連情報
南相馬市 公式ウェブサイト(外部リンク)
杉並区>杉並の交流自治体>南相馬市(外部リンク)
相馬野馬追 公式サイト(外部リンク)
すぎなみ学倶楽部 文化・雑学>てくてく×なみすけ Part3>馬がいっぱい!笑顔もいっぱい!「南相馬市」取材日記
震災以降、南相馬市は「予測不能な未来を楽しもう」というコンセプトで新しいまちづくりを目指してきた。特色ある3つの施設を紹介する。
震災の記録を伝える「南相馬市消防・防災センター」
震災後、 南相馬消防署内に「消防・防災センター」が設置された。館内には、震災から15日間のできごとを記録したパネルや、隣の相馬市で計測された9.3mの津波の高さを記した柱、防災グッズなどを展示。職員が当時を振り返りながら、地域の人の思いや災害に対する日ごろの備えについて丁寧に解説してくれる。全国から市役所に送られた励ましのメッセージも見られる。
暮らしの真ん中にある「南相馬市立中央図書館」
南相馬市立中央図書館は2009(平成21)年12月に開館し、震災発生後臨時休館となったが、2011(平成23)年8月に再開館することができた。縁と木のぬくもりを感じる館内で、ゆったり読書や調べ物ができる市民のいこいの場だ。子ども図書館のおはなしの蔵では「おはなし会」を定期的に開催している。杉並区からの義援金で購入した本は、「杉並文庫」として市内の小中学校に設置している。
復興地に新たな産業を生む「福島ロボットテストフィールド」
国家プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想(※2)」に基づき整備された実証施設で、2020(令和2)年3月に開所。 主に災害用のロボットの開発実証拠点として、さまざまな企業が入所し、広大な敷地内の設備で試験を行っている。多くの人に知ってもらうため、通常は非公開の施設で「コスプレ撮影会」等のイベントを行うなど、一般客が楽しめる機会も設けている。
▼関連情報
南相馬市消防・防災センター(外部リンク)
南相馬市立中央図書館(外部リンク)
福島ロボットテストフィールド(外部リンク)
「復興には地域の人たちのつながりが大切である」と、互いに協力し合い、まちづくりに取り組む人々から話を伺った。
「南相馬市社会福祉協議会」地域福祉課長・佐藤清彦さん
震災のとき、災害ボランティアの受け入れ窓口を担当した佐藤さん。「杉並区の社協担当者やボランティアの方々と交流が深まりました。区と市の災害協定によって行政同士がつながっていたことが大きい」と当時を振り返る。南相馬市の魅力は人の魅力だという。「人は人を助けたいという本能を持っていると思います。それをどう引き出すかが社協の役割です」。2021(令和3)年には「みなみそうま市民ふくし大学ボランティア講座」を開設。「市民が気軽に参加をして学び、学んだら次は教える側に立つ。循環する形を、社協を通して実現していきたいですね」
地域団体「まなびあい南相馬」代表・高橋美加子さん
高橋さんは避難先から南相馬市に戻った後、仲間と共に被災した人々を励ます活動を始めた。最初は「ありがとうからはじめよう」と書いた旗を作り、町中に見えるよう商店や企業に掲げてもらったり、「つながろう」缶バッジを作り、身に付けている人同士で思いを共有したりしたという。その後「たくさん支援してもらったので、これからは自立した市民の姿を見せなくてはならない」と、講演会や講座などを開催。市民自ら勉強し問題解決する機会を設けている。
「阿佐ヶ谷美術専門学校」の学生による支援
「学校法人阿佐ヶ谷学園 阿佐ヶ谷美術専門学校」のデザイン学科視覚デザインコースは、区と南相馬市と提携し、2018(平成30)年に復興支援企画プロジェクトをスタートした。まず挑戦したのは、6次産業化(※3)に取り組む農家「カヤノキファーム」の支援だ。現地に足を運び、商品のパッケージデザイン・広告・広報物などを提案。成果としてフリーペーパー「カヤノキファームをとことん楽しむ本」を発行、頒布した。小林チエ先生は「実践での学びが多い。学生も南相馬市に行くのを楽しみにしています」と話す。
▼関連情報
社会福祉法人 南相馬市社会福祉協議会(外部リンク)
まなびあい南相馬 Facebook(外部リンク)
すぎなみ学倶楽部 特集>杉並の専門学校>学校法人阿佐ヶ谷学園 阿佐ヶ谷美術専門学校
震災時に避難指示区域になり、2016(平成28)年に解除された南相馬市小高(おだか)区。何もかも便利にそろった場所ではなく、あえてこの地をチャレンジの場に選んだ人々がいる。
「株式会社小高ワーカーズベース」代表・和田智行さん
生まれも育ちも南相馬市の和田さん。「この町で暮らしていくなら、自分が暮らしたい町を自分で作りたい」という思いで2014(平成26)年に「株式会社小高ワーカーズベース(現OWB株式会社)」を創業し、まず食堂やスーパーを作った。次に「地域の100の課題から100の事業を創出する」活動を開始。その一つが2017(平成29)年にスタートした「ネクストコモンズラボ南相馬」だ。市の担当者と連携しながら、小高で起業する人をサポートしている。「南相馬市に移住するメリットは、課題がたくさんあること。解決するためにいろいろチャレンジができるので、挑戦したいことがある人には魅力的な町ですね」
酒蔵「haccoba-Craft Sake Brewery-」代表・佐藤太亮さん
佐藤さんは学生時代、地域活動をしていた地で日本酒の魅力を知り、作り手に興味を持つようになった。蔵元に会って日本酒造りを経験し、歴史をひもといていく中で、酒造りの新たな可能性を見つけ南相馬に移住した。「震災で一度は人口がゼロになった町で自分たちもイチからスタートし、千年続く酒蔵を作りたい」。小高ワーカーズベースの和田さんから酒蔵の物件探しをサポートしてもらい、2021(令和3)年2月、小高区にバー併設の酒蔵「haccoba-Craft Sake Brewery-」をオープン。「地元の人が気軽に寄れる店を目指しています。地方の人が南相馬市に来るきっかけにもなればうれしいですね」
▼関連情報
株式会社小高ワーカーズベース(外部リンク)
haccoba-Craft Sake Brewery-(外部リンク)
南相馬といえば、相馬野馬追が有名だ。5月最終土・日・月曜日の3日間(※4)、雲雀ケ原(ひばりがはら)祭場地を中心に開催される。甲冑(かっちゅう)に身を固めた約400騎の騎馬武者が、背に旗指物(はたさしもの)をつけて疾走する「甲冑競馬」や「神旗争奪戦」など、威風堂々にして豪華絢爛(けんらん)な戦国絵巻が繰り広げられる。
子供の頃から馬と一緒に生活をしてきた南相馬市の多くの人々にとって、野馬追は人生の一部であり、家族総出で関わる祭りだという。震災後も途切れることなく続いてきたのは、野馬追を愛し、出場するためにこの地に戻ってくる人々がいるからだ。伏見克夫さんは、代々野馬追に出場している家の5代目。自宅に厩舎(きゅうしゃ)と練習場があり、現在は元競走馬2頭を飼育している。また、年代物の馬具を収集しており、野馬追にもコレクションの中の馬具をつけて出場する。「野馬追に出るのは自分にとって“あたりまえの日常”。毎日、日の出とともに馬に乗って練習するのは楽しいですね」
南相馬市の見どころ
海の美しさは地域の誇りだ。烏崎海岸では、野馬追直前の早朝に出場予定の馬を鍛える風景を見られることがある。北泉海岸は東北屈指のサーフスポット。近くには北泉海浜公園があり、震災後、高台から海を見渡せる復興記念モニュメントが建てられた。
史跡では、平安時代前期に造立されたという「大悲山(だいひさん)の石仏」が小高区泉沢にある。薬師堂のそばにそびえ立つ大杉は、樹齢千年といわれる県指定天然記念物である。
南相馬の名産品がそろう「セデッテかしま」
南相馬鹿島サービスエリアに隣接する「セデッテかしま」には、地域の食材を生かした「お食事処」と、生産者の顔が見える「お土産処」がある。おすすめは、地元農家から毎日入荷するきゅうりやトマトなどの新鮮な旬の朝採り野菜と、懐かしい味でリピーターも多い梅干しなどの漬物。手軽に食べられる「まいたけおこわ」や「ほっき飯おにぎり」も人気商品の一つ。素材のうまみがしっかりと米にしみ込んでいる、地元では各家庭で作られるおなじみの料理だ。江戸時代に誕生した伝統工芸品「大堀相馬焼」の湯飲みやマグカップもある。
取材を終えて
取材した方々からは、「震災時から復興まで杉並区とのつながりが大きかった、"杉並"と聞くだけで感謝の気持ちが湧いてくる」という声もいただいた。自然豊かで緑に囲まれた田園風景は懐かしい気持ちになる。魅力がたくさんあり、人とのつながりを大切にしているまちであると感じた。南相馬の「今」を知るために、「南相馬市サポーター制度」を利用するのも一つの方法である。
▼関連情報
福島県南相馬市 小高観光協会>大悲山の石仏(外部リンク)
セデッテかしま(外部リンク)
南相馬市移住定住サイト>南相馬市サポーター(外部リンク)
※1 原町市と相馬郡小高町及び鹿島町が合併し、南相馬市が誕生したことにより、2007(平成19)年2月19日に再締結
※2 福島イノベーション・コースト構想:震災及び原子力災害により失われた浜通り地域等の産業基盤を新たに創出する国家プロジェクト
※3 6次産業化:農林漁業者(第1次産業)が 生産物の価値向上のため、食品加工(第2次産業)と流通・販売(第3次産業)にも取り組むこと。6次の「6」は第1次に第2次と第3次を掛け合わせた結果を意味する(1×2×3=6)
※4 2023年までは例年7月に開催されていた