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北川桜さん

笑顔がすてきなヨーデル歌手、北川桜さん(写真提供:北川桜さん)

笑顔がすてきなヨーデル歌手、北川桜さん(写真提供:北川桜さん)

ヨーデルの楽しさを伝えて幅広く活動

ヨーデルという歌唱法をご存じだろうか。裏声と地声を繰り返し切り替えて歌うのが特徴で、スイスアルプス地方(ドイツ語圏)を中心に、ドイツバイエルン地方、オーストリアチロル地方で歌われている。アニメ「アルプスの少女ハイジ」の主題歌で耳にしたことがあるかもしれない。杉並区在住の北川桜(きたがわ さくら)さんは、数少ない日本のヨーデル歌手の一人だ。音楽ホールでのコンサートから、イベントやビアホールでの演奏まで幅広く活動し、美声と観客を引き込むパフォーマンスを通してヨーデルの楽しさを伝えている。コロナ禍で対面での歌唱が難しい状況下では、趣向をこらした参加型ZOOMコンサートを実施し、家庭にヨーデルを届けた。
2011(平成23)年にドイツのオクトーバーフェスト(※1)ホフブロイハウス会場にアジア人ヨーデル歌手として初めて公式ゲストで出演し、現地の新聞やテレビで話題になるなど、ヨーデルの本場でも活動してきた北川さんに話を伺った。

2012(平成24)年、オクトーバーフェスト、6,500人収容のホフブロイハウス会場で美声を披露(写真提供:北川桜さん)

2012(平成24)年、オクトーバーフェスト、6,500人収容のホフブロイハウス会場で美声を披露(写真提供:北川桜さん)

都立善福寺公園で取材。緑に民族衣装が映える

都立善福寺公園で取材。緑に民族衣装が映える

原点は幼少時のスイス旅行

北川さんは杉並区成田東に生まれた。3歳からピアノを習い始め、幼少時から音楽に親しんでいた。スイスとの出合いは6歳の頃、初めてのヨーロッパ旅行でのことだった。「ハイジのような草原少女物語が好きだった私にとって、スイスは一番印象に残った国でした。ヨーデル歌手のショーも楽しかったことを覚えています」。子供の頃から人前でパフォーマンスをするのが好きで、小、中、高等学校では演劇と合唱サークルに所属した。歌うこと演じることに夢中になり、好きなことを続けたくて、国立音楽大学の声楽科に進学した。

スイスの民族衣装を身につけてご機嫌(写真提供:北川桜さん)

スイスの民族衣装を身につけてご機嫌(写真提供:北川桜さん)

ヨーデルの本場で修業

ビアレストランで知ったヨーデルの魅力
大学卒業後に財団法人二期会オペラ振興会(※2)の研究生となり、プロの歌手活動を開始するが、ヨーデルに関わるようになったのは偶然からだった。「いろいろな歌の仕事の一つに、ビアレストラン“ホフブロイハウス東京”(1999年閉店)のレギュラー歌手がありました。私一人で250席の客が総立ちになるほど場を盛り上げなければならず苦労しました。ある時、出演したドイツのヨーデル歌手が歌やカウベル(※3)演奏で客を楽しませたのを見て、場を盛り上げることができ面白いので、私もヨーデルをやってみようと思い立ちました」

海外で学んだ自主性と音楽を楽しむこと
当時、日本にはヨーデル歌手がほぼ存在しなかったとのことで、海外でのレッスンが必要だった。現地のつて探しに奔走した後、1992(平成4)年から、スイスヨーデル、ドイツヨーデルそれぞれの専門家に師事することができ、本格的にヨーデルを学び始めた。日本でさまざまな歌の仕事をこなし、資金がたまるとドイツやスイスで2週間から2カ月のレッスンを受ける生活が続いた。「日本では教師が手ほどきしてくれるのを待つのが普通ですが、私がスイスで師事した先生は自主性を重んじ、曲と歌い方を生徒に決めさせました。歌った後でアドバイスはありますが、批評というより生徒への投げかけといった感じでした。またスイスでは、たとえうまくない演奏でも否定せずに、音楽を楽しんでいることを肯定します。人の目を気にしがちな日本とは、音楽に対する発想が異なっていると感じました」

スイスヨーデルの恩師、マリーテレーズ先生と(写真提供:北川桜さん)

スイスヨーデルの恩師、マリーテレーズ先生と(写真提供:北川桜さん)

2008(平成20)年、スイス連邦主催ヨーデルフェストで最高級クラス1級(エルステクラス)受賞(写真提供:北川桜さん)

2008(平成20)年、スイス連邦主催ヨーデルフェストで最高級クラス1級(エルステクラス)受賞(写真提供:北川桜さん)

場の盛り上げ達人の異名をとる

ヨーデルを始めたことが音楽関係者の間で知られ、仕事の依頼が来るようなり、1994(平成6)年に、ヨーデルを中心にスイス・ドイツ・オーストリアの民族音楽を演奏する楽団「エーデルワイス・ムジカンテン」を結成した。名称は、スイスの国花エーデルワイスの純白さをイメージして付けたとのことだ。
バンドマスターを務めていたビアレストラン「フエスト」(閉店)では、ドイツのオクトーバーフェストの伝統的なパフォーマンス(※4)も取り入れたショーで、客をおおいに盛り上げ、雑誌やテレビで「盛り上げの達人」として紹介された。子供向けテレビ番組「ポンキッキーズ」(※5)などにも出演し、ヨーデル歌手としての知名度は高まっていった。
北川さんは、何より人の笑顔が広がる瞬間が好きで、ヨーデルはそのためのツールだと語る。「私は人がどうしたら楽しくなるかだけを考えて生きていて、まるで芸人みたいです。ヨーデルを歌う時は、観客に聞かせるというより、充実した時間を過ごしてもらいたいという気持ちを込めています。100人中1人でも嫌な思いをする人がいたら、99人が楽しくても良くないと思います」

演奏者と観客が一体となってヨーデルを楽しむ。2007(平成19)年、セシオン杉並での杉並区文化協会主催の親子コンサート(写真提供:北川桜さん)

演奏者と観客が一体となってヨーデルを楽しむ。2007(平成19)年、セシオン杉並での杉並区文化協会主催の親子コンサート(写真提供:北川桜さん)

ZOOMコンサートでも身振り手振りで視聴者にアピール。画面の背景にも心を配り、楽しさを演出(写真提供:北川桜さん)

ZOOMコンサートでも身振り手振りで視聴者にアピール。画面の背景にも心を配り、楽しさを演出(写真提供:北川桜さん)

杉並へ愛を込めて

北川さんは、生まれ育った成田東での生活を満喫していると言う。「商業的、工業的でなく、でも下町とも異なる感じがあり、住む場所としては最高で、ずっと住み続けたいです。個人商店ががんばっているのがいいですね。地元の杉成(すぎなり)商店会のお気に入りは、大手では出せない細やかな味が魅力の「味食楽歩八千代」のお弁当や、「川名肉店」のコロッケなど。焼き鳥のおいしい店もあり、買い物客をよく見かけます」。2021(令和3)年4月には、ドラッグセガミ成田東店の駐車場で公演を行い、商店会の人にも気に入ってもらえたそうだ。「今後は、地域の人たちが楽しく過ごせるようなこともしたいです。今は、杉成商店会のマスコットのリスについて何かを作ろうと考えているところ。ソーシャルディスタンスダンスも面白そうだし、なみすけの登場するヨーデルもできたらいいですね」と夢は尽きない。
最後に、杉並区民へのメッセージをいただいた。「ヨーデルって歌詞が分からなくても、聞いているとほっとして楽しい気持ちになると思います。そんなヨーデルの魅力を杉並の人に伝えたいです。子供だけでなく、子供の心を忘れない多くの地域の人たちに、コンサートを見るだけでなく参加してもらえればすてきです!」

取材を終えて
取材場所の善福寺公園に、北川さんは鮮やかなスイスの民族衣装姿で現れ、取材が始まる前からヨーデルの世界に引き込まれた。柔らかな口調が心地よいお話からは、観客を楽しませることへの並々ならぬ情熱が伝わってきた。なみすけの登場するヨーデルに合わせて、ソーシャルディスタンスダンスを踊る「杉並 北川桜劇場」が実現したら、参加してみたい。

※1 オクトーバーフェスト:ドイツのバイエルン州の州都ミュンヘンで、毎年9月半ばから10月上旬に開催される世界最大規模のビール祭り。ホフブロイハウスは、1589年創業のミュンヘンの老舗ビアホール。オクトーバーフェストの会場になっている
※2 財団法人二期会オペラ振興会:1977(昭和52)年にオペラや声楽の振興を図るために設立された団体。2005(平成17)年に「財団法人東京二期会」に名称変更(2010年より公益財団法人)
※3 カウベル:家畜の首につけるベルだが、演奏には専用のものが使用される
※4 前の人の肩に両手をかけて音楽に合わせ連なり歩く「トレイン」、「アヒルのダンス」など
※5 ポンキッキーズ:フジテレビ系列およびBSフジで放送された子供向けテレビ番組(1993年~2001年、2005年~2006年、2017年~2018年)

プロフィール
杉並区成田東に生まれる。1988年、国立音楽大学声楽科を卒業、財団法人二期会オペラ振興会会員になる。1994年、ヨーデルを中心にした音楽隊「エーデルワイス・ムジカンテン」を結成。以後、ホールでのコンサートや日本国内のオクトーバーフェストに参加など精力的に活動し、ヨーデルの魅力を伝えている。テレビ出演も多数。
海外での評価も高く、2008年にスイス連邦主催ヨーデルフェストにおいて最高級クラス1級(エルステクラス)を受賞。翌年、スイスで日本人で初めてスイスヨーデルのCDをリリース、スイス最大級の民族の祭典「インターフォルク・ユングフラウ」第1回に招待され歌声を披露。2011年、ドイツのオクトーバーフェスト、ホフブロイハウス会場に公式ゲスト出演、現地の新聞・テレビで紹介された。ヨーデルフェストには、2019年まで5回参加して4回1級を受賞している(2011年参加時は東日本大震災のため評価がつかず)。

2021(令和3)10月、成田東にある杉並東洋幼稚園園庭で「新しいアルプスのコンサート」を開催

2021(令和3)10月、成田東にある杉並東洋幼稚園園庭で「新しいアルプスのコンサート」を開催

カウベルでエーデルワイスを奏でる。アコーディオンの演奏も巧み

カウベルでエーデルワイスを奏でる。アコーディオンの演奏も巧み

DATA

  • 公式ホームページ(外部リンク):https://kitagawa-sakura.biz/
  • 取材:村田理恵
  • 撮影:TFF
    写真提供:北川桜さん
    取材日:2021年09月25日、10月23日
  • 掲載日:2021年12月06日
  • 情報更新日:2023年08月18日