2021(令和3)年4月28日、杉並区井草3丁目に「農福連携農園すぎのこ農園」が全面開園(※)した。「農福」とは「農業」と「福祉」のこと。障害者や高齢者などに農業に親しむ場を提供し、いきがい創出や就労、食育につなげる目的で「農福連携」の取り組みを行う画期的な農園だ。JA東京中央が運営を委託されている。
産業振興センター都市農業係の職員は「地方にはすでに多くの農福連携農園がありますが、23区では初めて」と話す。愛称の「すぎのこ農園」は「すぎのこのようにすくすく育ってほしい。作物も障害者も子供たちも元気になれるように」と、名付けた人の願いが込められている。
約3,200㎡の広々とした園内は、車いすでも農作業ができるよう、至るところにバリアフリーの工夫がみられる。障害者施設などの団体が定期的に訪れ、常駐する職員や区民ボランティアのサポートのもと野菜作りを楽しんでいる。「今まで外出が難しかった方が農園で働けるようになったり、収穫した野菜を家に持ち帰って家族とのコミュニケーションを楽しんだりと、就労に向けた一歩を踏み出しています」と職員は語る。
農地は「多目的農園区画」と「団体農園区画」に分かれている。一般の方も畑の様子や古民家風のどっしりとした管理事務所棟の内部を見学できる(原則平日14時から16時。事前に要連絡)。
多目的農園区画
「収穫体験エリア」と「施設提供エリア」に分かれる。「収穫体験エリア」では区民参加の農業イベントなどを実施。取材時には子供でも収穫しやすいコマツナやホウレンソウなどの葉物野菜やサツマイモなど約10種類の野菜を栽培していた。また「施設提供エリア」で育てた野菜は、福祉施設など区内の施設に無償で配布。給食などに利用され施設の運営支援につなげている。
団体農園区画
利用登録団体が野菜を栽培している区画。現在、6団体で利用。重度知的障害者施設の利用者や、近隣の保育園の園児などが、ジャガイモ、エダマメ、スイートコーンなど、思い思いの野菜を自分たちの区画で育てている。収穫した野菜は各施設で、給食の材料や利用者に提供されるなど活用されている。
管理事務所棟
杉並の農の風景を再現しようと、2020(令和2)年10月まで上井草2丁目に存在していた江戸時代中期の建築とされる井口家住宅の部材を活用して整備された。建物内には、いろりや土間、火鉢が置かれた畳の部屋があり、井口家住宅で使われていた生活用具や、区立郷土博物館が収蔵していた昔の農機具が展示されている。入り口は車いす用スロープを完備したバリアフリー設計。ミーティングスペース、調理スペース、ボランティアのためのロッカー室やシャワー設備もある。
収穫体験
年に数回、区民を対象とした収穫体験を実施。「広報すぎなみ」や区のホームページで参加者を募集している(事前申込制。応募多数の場合は抽選)。親子に人気のイベントで、農業に触れる機会が少なくなった都会の子供たちに農地の大切さを伝える場にもなっている。2021(令和3)年は7月と11月に収穫体験を実施。親子連れを中心に20組が参加し、旬の野菜収穫を楽しんだ。
今後のイベント計画
「今後は、多くの区民に農園の魅力を伝えるため、より地域に開かれたイベントを計画していきたい」と職員は話す。近隣の東京都立農芸高等学校や保育園にも呼びかけ、地域の方との交流イベントの開催を検討中だ。将来的には、園内で区内農家が生産する野菜や福祉施設が製造する菓子を販売したり、管理事務所棟内の調理スペースやいろりを活用して食育体験イベントや「子ども食堂」を開いたりする計画もあるという。
1期生として、2019(令和元)年10月からボランティアに参加している大谷さんに話を伺った。「生まれも育ちも杉並区。長年、障害者スポーツの分野でボランティアをしていますが、農作業は全くの未経験で一から教えてもらいました。今では、農薬を使わずに安全な野菜を栽培したり、団体利用者の農作業をサポートしたり、土に触れるのが楽しい。除草、土作り、種まき、収穫などの作業の他、収穫体験の準備も手伝っています」と終始笑顔で話してくれた。
ボランティアに登録すると、日々の農業指導に加え、農業の知識を学ぶ講習会にも参加できる。講習会では、種や苗の種類や野菜の育て方を、実際の作業を交えながら学べる。他に、障害者理解を深める講習や救命講習なども開催しており、幅広い分野での知識が得られる。また、野菜農家を訪問したり、レシピを伝授してもらったりする機会もあり、研修が充実している。
2022(令和4)年11月19日、晴天のもと「すぎのこ農園まつり」が開催された。杉並区でとれた新鮮な農産物や障害者施設の利用者が作った菓子などを販売する「すぎのこマルシェ」や、都立農芸高等学校制作のレシピ動画紹介のほか、「秋の収穫体験」などが行われ、大勢の来場者があり大盛況となった。
イベントでは、区長らによる「杉並区区制施行90周年記念事業 すぎのこ農園 植樹式」も実施。「区民・地域から愛され、親しまれる施設となるように」との願いを込めて、シンボルツリーとして鮮やかな紅紫色の花を咲かせる日本原産の陽光桜が植えられた。
産業振興センター都市農業係と農園を管理運営しているJA職員は「毎月第2土曜日の“すぎのこマルシェ”をはじめ、今後も都市農地の持つ多面性をより多くの方に理解してもらえるような取り組みを続けていきます。来年以降も“すぎのこ農園まつり”を継続予定です」と意気込みを語った。
この農園を中心として、農産物の生産だけでなく、農がもたらす多面的機能、魅力、恵みを体験できる取り組みを追求し、事業を成長させていきます。区民の方に「すぎのこ農園」の運営についてご理解いただき、今後さらに地域の方と連携していきたいと考えています。ぜひ気軽に農園に足を運んでください。