キャンバス複製画の制作・販売をしているプリハード株式会社は、美術館でしか見ることのできない名画を、卓越した技術により自宅で鑑賞することを可能にした。荻窪駅南口から徒歩約4分。取材日はエントランスに「ゴッホの部屋」の複製画が展示されていた。
設立は1974(昭和49)年。代表取締役社長・簑島紘一(みのしま こういち)さんは「源流は1954(昭和29)年に開業した“おぎくぼ画材店”にあります」と説明する。この画材店は2020(令和2)年に閉業したが、JR中央線沿線では有数の画材店の一つであった。ここを母体として、1959(昭和34)年、木質合板を素材とする額縁の製造・販売を行う日本ハードコート株式会社が設立された。
簑島さんは大学卒業後、商社勤めをしていたが、その商社と取引のあった日本ハードコートに転職した。「その頃のキャンバスは天然麻の繊維で作られており、コンゴやガーナなど原産地が限られた輸入品で、高価なものでした。麻に代わる繊維として目を付けたのが合成繊維のビニロンです。ビニロン製キャンバスは大変評判になりましたが、工業製品なので大量にできてしまったんですね。そこで名画をキャンバスに直接印刷することができないかと考えました」
1970(昭和45)年に印刷技術を確立。複製絵画制作に応用し、商品名を「プリハード」(プリントしたハードコート商品)と名付けて販売を開始した。簑島さんは、日本ハードコートの創業者・福田達輔さんから「プリハード部」を任された。
1974(昭和49)年、プリハード部は独立、法人化し、プリハード株式会社が誕生。1986(昭和61)年に簑島さんが代表取締役社長に就任した。
プリハードの複製画は、全て作品の所有者である美術館の許可を得て制作している。ルーブル美術館もその一つで、品質の高さが評価され、日本製の複製画として初めて館内ミュージアムショップで取り扱われた。
取材中、簑島さんが「これは、1972(昭和47)年に読売新聞社の主催で“メトロポリタン美術館展”が開催された時、当社から参考出展した作品です」と取り出したのは、縦30cm、横25cmほどのゴーギャン作「二人のタヒチの女」。50年たっても色あせず、原画の色彩を保っていることに驚かされた。続いて、まだ額装されていない東山魁夷(ひがしやま かいい)の有名な作品「緑響く」も見せてもらった。触ってみるとしなやかで、紙と違って破けることもない。キャンバスに印刷しているので独特の凹凸があって、原画と同じような風合いが感じられた。
海外ではアメリカのメトロポリタン美術館、スペインのプラド美術館など、国内ではさいたま市の埼玉県立近代美術館、甲府市の山梨県立美術館、倉敷市の大原美術館などからも、所蔵品を複製する許可を得ている。特に山梨県立美術館では、1978(昭和53)年11月の開館以来、ミレーを中心とした所蔵作品のプリハード化と館内販売を積極的に進めてきた。1989(平成元)年には、絵画用キャンバスに直接印刷を施す「プリハード・デジタグラフ」の特許も出願。「美術館や百貨店で催される絵画展において、当社が行ってきた出品作品のプリハード・ポスター化と販売は、隠れた広報・宣伝効果がありました」と簑島さんは自負している。
プリハードの販売開始から間もなく、「高松塚古墳壁画」が発見された1972(昭和47)年と、「モナ・リザ」日本公開に先立つ1973(昭和48)年に、プリハードの複製画を販売したところ評判になり大量販売に成功。1984(昭和59)年に国立西洋美術館に展示されたフェルメール作「青いターバンの少女」も大ヒットとなった。
また、日本でクレジットカードが一般に普及するようになった1970年代には、新しい試みとしてカード保有者向けに額付きのモネ作「印象・日の出」の通信販売を行った。「これはクレジット業界にとっても新しい業態の始まりになったといい、”印象・日の出”には思い出がいっぱい詰まっております」と社員は語る。
プリハード株式会社は、2008(平成20)年より「NPO法人 美術教育支援協会」の活動を通して、小中学校の美術教育支援や、生涯教育及び地域社会における美術活動の支援などを行っている。
NPOの事務局はプリハードの社内にあり、簑島さん自らが事務局長を務め、美術講座、美術フォーラムなどを企画・運営している。区立産業商工会館で、エジプト美術やフランス美術などをテーマに、春は「美術フォーラム」秋は「土曜フォーラム」を各4回シリーズで開催。近年では、美術評論家でもある谷岡清理事長と古今亭志ん彌さんによる異色のコラボレーションイベント「落語と美術の出会い」も好評で、2022(令和4)年9月には座・高円寺で第5回目が催される。
「プリハードの役割は、大きく分けて二つあります」と簑島さん。「一つ目は、本業の複製販売で“絵画の文庫本化”を目指すこと。いわば絵画の岩波文庫です。岩波文庫の巻末に書かれた、“読書子に寄す”の文中の“書物”を“絵画”と読み替えると当社の理念になります」
「読書子に寄す」には「自己の欲するときに自己の欲する書物を各個に自由に選択することができる」という言葉があり、誰もが自由に絵画を選んで手に入れられるようにしたいという簑島さんの思いが伝わってくる。
「もう一つは、美術教育への貢献事業です。杉並区のNPO法人として、区内の小中学校に絵画鑑賞を勧める活動に今後も力を入れていきたいと考えています」
「プリハードについて」プリハード株式会社
「プリハード世界の名画コレクション」プリハード株式会社