ラーメン、そばなど麺の専門店は数々あれど、そうめんの店は珍しいのではないだろうか。
南阿佐ケ谷駅から徒歩約1分の青梅街道沿いに、徳島県の特産品である半田そうめんの専門店「阿波や壱兆(あわやいっちょう) バイパス店」がある。カウンター7席の店だが、そうめんのメニューだけでも14種類。つゆをかけるだけのシンプル麺はもちろん、カレーや豆乳、坦々麺など変わり種もさまざま。多くは温かい麺と冷たい麺が選べるほか、ハーフサイズや大盛りも注文できる。
店主の伊澤さんは徳島県の出身。「地元の名産を東京の人に食べてもらいたい」との思いで上京し、2015(平成27)年から「半田手延べそうめんの店 阿波や壱兆 東中野」(※)に勤めた。働きぶりが認められ、2018(平成30)年にのれん分けでオープン。店名の「バイパス」は、東中野店主・田中さんが名付けてくれた。
半田そうめんは徳島県の西部、吉野川の中流域にある半田地区で作られている。江戸時代中期以来の伝統の手延べの製法により、小麦粉を塩水で練り、延ばし、これを熟成させて、さらに引き延ばしながら乾燥させる。伊澤さんは「乾燥の際、四国山脈から吹き降りてくる冷たい風が好条件なのです」と、コシの強さと食べ応えを生む理由を教えてくれた。一般的なそうめんよりも麺が太く煮くずれしにくい特性があるので、温かい汁で食べても、薬味野菜やきのこ、しらすなど、大量にトッピングをしても麺が負けず、レシピは無限に増えるのだという。
伊澤さんお勧めの「しらすとすだちの薬味そうめん」は、徳島産のすだちのスライスと、山盛りのしらすが目をひく一品。かんきつの爽やかな香りとだしの冷たさが、暑い日には心地よい。
定番メニュー以外にも、随時創作メニューを提供している。
「鶏肉と薬味野菜のそうめん ほうれん草のおひたしセット」(1,180円)は、杉並区のヘルシーメニューに認定されている。管理栄養士から「野菜が多く、肉や卵などのタンパク質もそろっている」として、お墨付きを得た。かいわれ大根、みょうが、大葉などがたっぷりトッピングされており、「この薬味野菜が半田そうめんによく合うんです。食欲がない時も食べやすいですよ」と伊澤さん。だしはかつお、昆布、煮干し、しいたけなどを使い、コクや風味が奥深い。このだしは「ほうれん草のおひたし」にも使われている。鶏肉は低温調理しているので箸で切れるほど柔らかい。なお、このメニューは夜のみの提供となる。
自宅で食べるそうめんはワンパターンになりがち。だからこそバラエティーに富んだメニューがうれしい。「東中野でお世話になった田中店長のレシピは1,000種類以上あるんじゃないかな」と伊澤さんは元上司について語る。田中さんは2009(平成21)年に「阿波や壱兆」を創業して以来、日替りメニューを提供し続け、レシピ本『「阿波や壱兆」の一年中そうめん』を出版。「そうめんを冬でも楽しめる通年食品に」という思いがうかがえる。
伊澤さんの店は夜メニューも多彩だ。徳島の名産品を生かした「すだちサワー」(600円)や、「徳島の豚バラ肉」(300円)などのおつまみメニューも楽しめる。
カウンターでは見知らぬ人とも自然と会話が生まれる。「人と人をバイパスでつなげるような店にしたい」という伊澤さんの夢は、半ば実現されているようだ。
※東中野店は2021(令和3)年に閉店。2023(令和5)年から西荻窪で営業している
西荻窪阿波や壱兆本店 https://awayaicchou.info/shop/nasiTHTH
『「阿波や壱兆」の一年中そうめん』田中嘉織(文化出版局)