「自分でも信じられないくらい手先が不器用」と自認する川内有緒さんが、東京に暮らしながら山梨県で仲間たちと小屋を作り上げるまでの4年間を軽快なテンポでつづったエッセイ。川内さんは『バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌』で第33回新田次郎文学賞、『空をゆく巨人』で第16回開高健ノンフィクション賞などを受賞しているノンフィクション作家だ。
40代で母親になり「この子に残せるのは、“何かを自分で作り出せる実感”だけかも」と考えて始めた小屋作り。土地を探し、設計図を描き、材料と道具を選んで、運んで組み立てる。問題は山積みだが、壁にぶつかってもへこたれない川内さんの明るさ、ユーモアあふれる文章に引き込まれてページを繰る手が止まらなくなる。DIYの実践の記録として楽しめることはもちろん、消費社会とは、自由とは何か、現代におけるその価値観について改めて考えさせられる一冊だ。
とても不器用な私ですが、娘が生まれてから、ふとした思いつきから机を作りました。やってみたら意外とできる。その後、いろいろな物を作りたいという情熱がエスカレートし、小屋を作り始めました。本では、自分の力で物を生み出すことの楽しさと苦しさやさまざまな出会いを描きました。
今は杉並区に住み、都立善福寺公園を毎朝散歩しています。どの季節も美しく、歩きながらうっとりしています。執筆に行き詰まった時に気軽に行ける喫茶店や本屋さんがたくさんあるのもうれしいですね。この間まで赤ちゃんだった娘も今9歳になりましたが、まだ一緒に小屋ライフを楽しんでいます。
小屋作りの最中、川内さんは一家で東京都目黒区から「23区のはしっこ」へ引っ越しをする。この街を選んだ決め手は「駅に降り立つと、活気のある書店があり、商店街には八百屋や喫茶店、雑貨屋が並んでいる。いい街だなと思った」、そして窓からは公園の木々が見え「静かな環境で、鳥のさえずりが聞こえる。東京とは思えない空気が流れていた。ここがいい」とある。
本書の中で、川内さんの娘のナナさんはこの街で保育園を卒業し、小学生になり、すくすくと育っていく。自然の中の小屋と、日常を過ごす街。どちらの良さも実感を持って描き出す川内さんのフラットな視点が印象的だ。