晩年を杉並区の浜田山で過ごした歌人・翻訳家の片山廣子(1878-1957)の小さな選集。地元の書店・サンブックス浜田山が、数ある片山の作品の中から特に浜田山にまつわるものを選んだ地域愛にあふれる一冊だ。エッセイ5編と、歌集『野に住みて』から短歌3首が収録されている。
浜田山の地名の由来となったとされる商家・浜田家の墓所を探して、西永福の理性寺を訪れたエピソード(「浜田山の話」)から、隣家の大きな納屋の向こうに光る北極星を見上げながら、中世イギリスのアーサー王と円卓の騎士伝説に思いをはせた文章(「北極星」)まで、45ページの本の中に、片山の世界が豊かに広がっている。
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サンブックス浜田山 公式X(外部リンク)
すぎなみ学倶楽部 文化・雑学>読書のススメ>『片山廣子随筆集 ともしい日の記念』
片山が住んだ家は、下高井戸4丁目(現浜田山3丁目17番地付近)にあった。「殆ど硝子張りといつたやうなアトリエ風の小家」(「浜田山の話」)に、先に浜田山に疎開していた染色工芸家・木村和一(きむら わいち)の紹介で移ってきたという。片山は当時を「青々した畑がひろがつている中に山のやうに樹々のかたまり繁つたところもあり、竹藪もあり、農家が樹のかげにすこし見えたりしてまことに閑静な土地と思つた。空気の新鮮さは信濃の追分あたりを歩いてゐる時のやうで、しみじみ胸に浸み入る感じだつた」(同前)と述懐している。片山の描いた昭和20年代ごろの浜田山の情景と、明るい住宅地となった現在の様子を対比させて読むと味わい深い。
また、序文「片山廣子とサンブックス浜田山」も秀逸だ。1983(昭和58)年から地元に愛され続けてきた書店の、作家と地域に寄せる思いがストレートに伝わってくる。
『野に住みて』片山廣子/松村みね子(月曜社)