天井桟敷の旗揚げ以降、小劇場運動を繰り広げた寺山修司さんがさらに試みたのが、劇場を出て、町のまっただなかで、観客も役者も町の住民も、突然、劇中に巻き込まれる市街劇の公演だった。渋谷区、杉並区、新宿区と綿密なリサーチのうえ、最終的に舞台に設定されたのが杉並区。阿佐ヶ谷駅、南阿佐ヶ谷駅周辺、善福寺川流域の地域など、19拠点、30箇所に、戸別訪問演劇、密室演劇、街頭演劇と、より地域に密着した脚本が用意された。本書には、ノックの脚本、公演案内をかねた杉並区のイラストマップに加え、寺山さんの創作ノートも収録されており、『30時間市街劇 ノック』の全貌をあらためて目撃することができる。
作者インタビュー
寺山映子(九條今日子)さんが、寺山修司さんにかわって答えてくださいました。「寺山との新婚時代に、4年間、杉並で暮らしました。東京オリンピックのマラソンを甲州街道へ見にいった想い出があります。杉並は知人もいますし、樹木が多く静かなところが好きです。身近な街は永福町ですね」。「寺山が他界して今年で30年になりますが、生前は、作品の主旨は聞かずじまいでした。みなさんには、演劇のみならず、寺山の作品全般を通じて、〈自分探し〉をしていただければと思います」。
※寺山修司さんの著作紹介にメッセージをいただいた寺山映子(九條今日子)さんは、2014年4月30日に永眠されました。ご冥福をお祈りします。
おすすめポイント
市街劇は、ベストセラーとなった寺山修司さんの著書、『書を捨てよ、町へ出よう』の演劇版だった。市街劇と同時に、希望者が一定期間、寺山さんの脚本どおりそれそれの日常生活を演じきる試みも行われ、天沼地域へ無作為に配布された新聞の折り込み2000枚の応募チラシに75人の申し込みがあったことからも、杉並区内での反響の大きさがうかがえる。突然の劇的空間の勃発に住民からの苦情も噴出、厳重注意でノックは幕を閉じたが、この公演は、のちにドキュメント映画化もされ語り継がれ、演劇界のみならず杉並の文化にも多大な影響を与え続けている。