6月のある水曜日午後5時、杉並公会堂の地下2階練習場に、200名を超える杉並児童合唱団(以下、杉児)の団員が集合した。整列するかしないかのうちに、指導者の津嶋麻子先生のピアノが鳴る。すると、幼稚園の年長から高校生までの全員が一斉に合唱を始め、「げんこつ山のたぬきさん」や「トレロカモミロ」など約20曲をランダムに、それぞれ振りをつけて歌う。レッスンといえども、津嶋先生は常に合唱の完成度の高さを意識しているそうだ。その言葉どおり、団員たちがピアノに合わせて歌う声は明瞭で透き通っており、練習場は見る者を圧倒するほどの熱気に包まれていた。
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杉児は主に杉並区内で活動する児童合唱団である。発足は1964(昭和39)年。杉並区立桃井第三小学校の教員だった志水隆先生が、同校の合唱クラブを母体として「杉並児童合唱団」を結成したのが始まりだ。同年、杉並公会堂での第一回定期演奏会で団員33名が歌声を披露している。その後、東京放送児童合唱団(N児)、西六郷少年少女合唱団(西六 ※1)と共に、NHKの番組にレギュラーで出演。童謡の歌い手としてレコーディングでも活躍し、1967(昭和42)年には「うたう足の歌」、1972(昭和47)年には「ピンポンパン体操」(※2)で、レコード大賞童謡賞を受賞している。その活動は杉児の愛称で、一般にも知れ渡るようになった。
1979(昭和54)年、志水先生が50歳になった創立15周年のときに、桃井第三小学校から独立。2017(平成29)年12月に財団法人として現在に至る。
※1 西六郷少年少女合唱団:1951(昭和26)年に設立した東京都大田区にある合唱団
※2 ピンポンパン体操:子供向けテレビ番組『ママとあそぼう!ピンポンパン』(1966-1982 フジテレビ)で放送されていた人気の体操
現在、杉児の活動は、杉並公会堂の定期演奏会やニューイヤーコンサートのほか、全国各地から招聘(しょうへい)を受けての演奏旅行、テレビ・CM・オペラへの出演、教材やCMソングのレコーディングなど多岐にわたっている。その運営を、音楽に関する指導は津嶋先生、マネジメントは輪島紀子さんが担当し、主に2人で行っている。そして、これらの運営費用には、合唱団の団員の月謝とテレビやイベントの出演料などが充てられているそうだ。
杉児の運営について輪島さんは、「営利目的ではなく、学校のクラブ活動のように行っています」と話す。「下級生に対して上級生が自主的に手本を見せて指導することや、音楽を通じて人としての成長を目標とするところなどは、宝塚音楽学校の指導に似ているかもしれません」
2018(平成30)年7月時点で団員の数は232名、うち約2割が男子である。杉並区と中野区の在住者が6割、その他の23区が2割、残りは埼玉県と神奈川県からの団員である。津嶋先生と輪島さんは、200人を超える団員とその保護者の名前と顔を覚えており、声をかける際には必ずその子の名前を呼ぶそうだ。上級生も下級生の顔と名前を覚えており、レッスンを自主的にサポートする。下級生にとって、上級生は手本であり、憧れの存在でもある。
杉児の指導の目的は、団員たちが音楽を好きになり「楽しい演奏をする」ことだ。そのため、津嶋先生と輪島さんをはじめ全スタッフは、団員たちに惜しみなく愛情を注いでいる。そして、杉児の団員は心の底から合唱を楽しいものととらえているようで、週7時間のレッスンに欠席する子はほとんどいないという。また、津嶋先生は音楽を通じて人間を育てることにも力を入れている。その成果は、レッスンの終わりに、団員たちが互いに大きな声で挨拶をして退室するところなどにも表れているといえよう。