区立井草森公園の西隣の高台にある志村農園。通行人が思わず足を止めて見上げる巨大植物は、パパイヤの木。黄色く熟す前に収穫した青パパイヤはエスニック料理の定番だ。
農園主の志村誠一さんに伺うと「野菜の卸し先のレストランからの要望があり、苗農家さんから苗を頂けたので栽培しました。昨年(2022(令和4)年)は失敗して、今年2度目の挑戦です。春に30㎝くらいの苗を2本植えました。月に一度肥料をやるだけで水やりもほぼせず約180㎝に成長し、30個以上実が付きました」とのこと。仕事中に多くの人に「これは何ですか?」と聞かれたという。
「育て始めてパパイヤのたんぱく質分解酵素で肌がかぶれやすいことに気づきました。育てやすいけど根も大きいので片付け作業が大変です。来年も育てるかは未定ですが、機会があればやってもいいかなと思っています」
食べることが好きだった志村さんは調理師の専門学校を卒業後、懐石料理の板前をしていたが、農地の相続を機に2015(平成27)年から農業を始めた。「子供の頃は全く畑仕事を手伝ったことがなく、親から農業を教わることもありませんでした。そのため、農地での野菜作り自体が初めてで、農業はJAが開校する“すぎなみ・なかの農業塾”(※)で学びました。基本は減化学農薬、低化学肥料栽培です。例えばナスが風で傷つかないようにソルゴー(イネ科の1年草)を植えたり、害虫除けにマリーゴールドを植えたり、最後はそれらの植物を土に鋤き込んで緑肥にして自然の力を借りつつ栽培しています。さらに、フェロモンでおびき寄せる捕獲器のおかけで葉の食害もだいぶ防げました。口に入れるものだからなるべく農薬は使いたくないですね」
取材をした11月の畑は、ネギ・赤キャベツ・カリフラワーなどの冬野菜や、夏の名残のナス・冬瓜など約20種類が育っていた。「大根などは1回抜いたらその場所は空いてしまいます。郊外の大規模農家と同じものを作っても勝負になりません。先輩に継続して葉の摘み取り可能な野菜を相談したら、ケールを勧められました。これは素揚げが一番おいしいです。しま模様のゼブラナスは皮が固く煮崩れしにくい品種でイタリア料理に使われます。葉が真っすぐな黒キャベツ(カーボロネロ)もイタリアの野菜ですが、一番のお勧めはおでんです」
野菜の説明がいつの間にか料理の話になる志村さんは常に料理人目線。皿の上の風景を思い描きながら野菜を育てている。シェフたちの要望に応え、さまざまな珍しい野菜を提供する頼もしい味方である。
「収穫した野菜はJAのファーマーズマーケットやレストランに卸したり、自宅前の庭先販売所コーナーや区のイベントで販売したりしています。また、区立杉並第一小学校の給食にのらぼう菜を提供したこともあります。コロナ禍では多くの飲食店が休業してしまい、売る場所がなくなり大変でした。その頃にジャガイモとトウモロコシの収穫体験会を行ったところ、大勢の方が参加してくれました。現在は飲食店の客足も戻り、売り上げも回復しつつありますが、近隣の幼稚園の収穫体験は今も続けています。湘南にある友人の庭先販売所にも野菜を届けていますが、鎌倉には珍しい野菜を育てる農家がたくさんあり、参考になります」
直売コーナーには、野菜の特徴やおいしい食べ方などが紹介されているので、珍しい野菜もぜひ試してみよう。
※すぎなみ・なかの農業塾:農家や後継者向けに開いている農業塾